決戦は大晦日

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決戦は大晦日

 雷一(らいち)と孝一が車で到着すると、宝来(ほうらい)神社の参拝客用の駐車場の入り口に、大きな立て看板が設置してあった。参道へ上る階段の途中が急に崩落(ほうらく)した為の参拝禁止のお詫びと黄金神社へのルート地図が貼ってあった。警察のパトカーや消防車、救急車は来ていなかった。どうやら、神社に取り残された人はいないようだ。参道へ上る階段の途中が急に崩落(ほうらく)しただけという認識なのだろう。  勇太(ゆうた)(すで)に駐車場の入り口で待っていた。配達で使う三輪自転車が横に止めてあった。迷彩色(めいさいしょく)の上下スエットに黒のグランドコートを羽織(はお)っている。頭には黒のニット帽をかぶっていた。野球選手のシーズンオフのトレーニングの様だと雷一は思った。 「よう、時恵ばあちゃんの具合はどうだ?」  勇太は雷一に近づくと、ぶっきらぼうに聞いて来た。 「お医者さんの話では、容態は安定しているって言われたよ。」  雷一の言葉に勇太は頷くと、孝一に向き直り、 「おじさんの方は、体は大丈夫ですか?」 勇太が心配そうな顔をして言った。勇太の優しい言葉に、孝一はびっくりして顔の前で手を振り、(あわ)てて言い返した。 「おばあちゃんからパワーをもらって、逆に元気になったよ。」 横で聞いていた雷一は、それは本当の事だと思った。さっき、時恵の病室で、短い間だが手を握っていた。その時、時恵の(てのひら)から温かいエネルギーが雷一の体内に送りこまれてきたのが、はっきり判ったからだ。今も体がポカポカして温かい。エネルギーが充填(じゅうてん)された様な感覚だ。時恵ばあちゃんは絶対安静の体の中から、自分にエネルギーをくれたのだ。絶対、無駄にしないと雷一は心に誓った。  「雷一、来てくれてありがとう。体は大丈夫かい?」  小力の声が脳内に聞こえてきた。雷一は大きく頷くと、優しく語りかけた。 「小力こそ、大丈夫かい?」 「大丈夫だよ。お母さんにも会えて、元気百倍さ。」 雷一は、信乃の周りを無邪気に走り回る小力が目に浮かんで、笑った。 「雷一、神社の反対側にある山道を登ってこれるかい?」 小力の言葉に、雷一もテレパシーで答えた。 「小力と初めて会った山道だね。」 「うん、そう。そっちからは神社の頂上まで上がれように、お母さんと山道を整備しておいたから。」 「わかった。小力は今、何をしているの?」 「お母さんと神社の周りの結界に、ほころびがないかを点検して回ってるんだ。」 「そうか。頑張ってね。じゃあ、僕たちは山道から頂上の神社へ向かうよ。」 「了解。じゃあ、神社で会おう。」 雷一は勇太と孝一に向き直ると、言った。 「小力が反対側の山道から登ってきてくれって。」 勇太と孝一は頷き、三人は歩いて駐車場から参道の反対側の山道に回った。  崩れ落ちた階段と反対側にある山道を登って、三人は宝来神社の頂上に向かった。途中の山道は、小力が言ったように崩れた土砂が歩きやすい様にならしてあった。下山する人には出会わなかった。どうやら、逃げ遅れた人はいないようだ。 「そうか、この道かあ。五年生の頃はよく登ったなあ。」 勇太は懐かしがって、ずんずん登って行く。嬉しそうだ。孝一は背中に(かつ)いだリュックサックが重いのか、肩で息をしている。孝一はここに来る途中で寄ったホームセンターで買い物をした様だが、雷一に何を買ったのかを教えてくれなかった。中身が重くて、ちょっとしんどそうだ。三人は頂上に着くと、念のために神社の周辺を見回ったが誰もいなかった。頂上にも取り残された人はいない様だ。 「誰もいねえなあ。」 勇太が境内(けいだい)を歩き回りながら言った。両肩をグルグル回しながら、ウォーミングアップを始めた。 「雷一、雷一。」  雷一の脳内に、突然、小力のテレパシーが聞こえた。 「小力、聞こえるよ。今、何処(どこ)にいるの?」 雷一もテレパシーで答えた。周囲を見渡しても小力は見当たらない。 「上だよ。」 小力の声に雷一が空を見あげると、二つの黒い影が森の一番高い杉の木から、飛び降りてきた。 「皆さん、今晩は。」 小力と信乃が、三人の前に降り立った。 「今晩は。小力、信乃さん。」 雷一が言うと、二匹の狛犬は同時に大きな尻尾を振って頷いた。大きな耳が遅れて揺れた。 「小力、元気かい」 雷一の問いかけに、小力は満面の笑顔を向けて頷いた。 「信乃さん、緒方市長はまだここには来ていないの?」 勇太の問いかけに、信乃が首を振って答えた。 「悪霊は、今は緒方市長の体を乗っ取って活動していると思われます。宝来神社に登る階段が崩れたのは、明らかに悪霊による攻撃だと思います。いずれ、この神社を攻撃してくると思いますが、この神社は私と小力の創った結界で、今のところは侵入できないはずです。」 信乃はそう言うと、周囲を見回した。その時、強い風が境内の森の木々を揺らした。小力の大きな耳がピンと立った。同時に信乃の耳も立った。 「裏山を誰か登ってきますね。」 信乃が低い声で、囁いた。雷一と小力はお互いを見つめて、頷いた。  
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