32人が本棚に入れています
本棚に追加
参拝者
雷一は小力の背中に飛び乗り、裏山の山道の登り口に向かって走った。草をかき分けて、誰かが下から登ってくる音がする。荒い息遣いも聞こえる。小力が低く唸り声を上げて、身構えた。遅れて追いついた孝一が、懐中電灯で参道の登り口を照らした。懐中電灯の先に、綺麗に整えられたバーコード頭が照らし出された。
「坂本課長。どうしたんですか?」
裏山を登ってきたのは、孝一の上司の坂本だった。背中に紺色のリュックを背負っている。
「お父さん、大晦日におじさんがリュックを背負うって、流行ってんの?」
孝一は雷一のツッコミを受け流すと、坂本の肩を揺すって強い口調で言った。
「課長、どうしてここに来たんですか。朝から今まで、何処で何をしていたんですか。奥さんが心配していますよ。」
坂本の目はうつろで、ぼんやりしている。どうやら催眠状態の様だと雷一は思った。勇太が坂本を座らせて、背中からリュックを取り外した。スーツが泥だらけだ。雷一と小力が目を合わせて、頷いた。
「小力。」
「了解、雷一。」
雷一が小力の背中に両手を当てると、小力の全身から青白いエネルギーが放出されて、雷一の両手から体内へ吸収されていく。雷一は今度はそのエネルギーを右手に集めて、坂本の背中を強く叩いた。青白い光が飛び散り、坂本は電気ショックを受けた様に全身を震わせた。坂本は目を見開き、周囲を見回した。何故、自分がここにいるのかわからない様だ。孝一の顏を認識すると、坂本は充電が完了したロボットの様に話し出した。
「ここはどこだ、風間君。私は早朝、緒方市長に呼び出されて、国見岳トンネルの現場に行ったんだ。そこで、緒方市長と会って色々と話をしたはずなんだ。面倒くさい、生産性の低い話を。だが何を話したのかよく覚えていない。」
坂本は一気にまくし立てると、電池が切れた様に急にうなだれて、首を力なく横に振った。
「国見岳トンネル?」
勇太が不思議そうに聞くと、孝一が答えた。
「ここから二キロぐらい西で、隣りの関屋町と山を貫通するトンネルを作る工事をしてる最中なんだ。バイパスの完成は一年後ぐらいで、年明けの一月下旬頃には、坑道が貫通する予定のはずだけど。緒方市長は何でそんな場所に、坂本課長を呼び出したんだろう。」
孝一が首を捻る。
「国見岳トンネルから、ここまでどうやって来たの?」
雷一の質問に、坂本は目をつぶり、何かを思い出そうとする。
「緒方市長に乗れって言われて、大きなトラックに乗りました。水筒に入ったホットコーヒーを頂きました。緒方市長から女性問題でお説教をされて、諭されました。車内に流れていた音楽が心地よくて、そのうち猛烈に眠くなりました。気づいたらこの神社の裏山を登っていました。」
「それで、リュックサックはあんたの物?」
勇太が、リュックサックを外側から触りながら聞くと、
「いや違います。何でリュックサックを背負ってこの神社に来たのか、自分でもわからない。」
坂本はそう言うと、両手で頭を抱えた。しかし、バーコードの頭髪を掻きむしろうとはしなかった。催眠術をかけられた後は、どこをどう歩いて来たのか、聞いても坂本には答えられないだろうと雷一は思った。
「取り合えず、リュックの中身を見てみようぜ。」
勇太はそう言うと、坂本の背中のリュックのファスナーを開いた。タテヨコ二十センチぐらいの大きさの茶色いダンボールの箱が入っていた。
「取り出すぜ。ちょっと重いな。」
勇太はそう言うと、リュックから慎重にダンボールの箱を取り出した。箱の中から時計の音がする。勇太の喉がゴクリと鳴った。勇太はそのダンボールの箱を地面に慎重に置いた。
「開けるぜ。」
勇太はゆっくりとダンボールの箱を開けた。
「プラスチック爆弾だ。」
雷一と孝一が同時に叫んだ。表面に液晶タイマーを付けた緑色の基盤があり、その下に三本の茶色い筒状の棒が灰色の粘土の塊に突き刺してある。液晶タイマーは白いガムテープで粘土に固定されている。三本の茶色い筒の上部から赤と青と白の三本のコードが出ており、液晶タイマーに繋がっていた。液晶タイマーはカウントダウンで残り二十分を示していた。
「雷一。お前、詳しいな。」
勇太が雷一に言うと、雷一は頷きながらゆっくりとダンボール箱の中から爆弾を取り出して、ゆっくりと地面に置いた。
「だって、映画でよく見るじゃないか。テロリストがビルの地下にあるボイラー室の奥の棚に仕掛けているのを見たよ。」
信乃が爆弾を見て、何かを考えている。液晶タイマーの数字が十九になった。
「爆発まで残り二十分を切ったってことかな。どうしよう、小力。」
雷一の問いかけに、小力は母親の信乃を見た。信乃が口を開いた。
「ここから海までは、どのくらい時間がかかるかしら?」
「距離としては十キロぐらいでしょうか。車で行くと、港まで二十分あれば着くと思います。信乃さんと小力君が空を飛んで運べば、港までここから十分かからないで着くと思います。」
孝一の答えに、雷一と小力は顔を見合わせた。
「そうですか。」
信乃はそう答えると、目を閉じて何かを考えだした。
最初のコメントを投稿しよう!