参拝者

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参拝者

 雷一(らいち)小力(こりき)の背中に飛び乗り、裏山の山道の登り口に向かって走った。草をかき分けて、誰かが下から登ってくる音がする。荒い息遣いも聞こえる。小力が低く唸り声を上げて、身構えた。遅れて追いついた孝一が、懐中電灯で参道の登り口を照らした。懐中電灯の先に、綺麗に整えられたバーコード頭が照らし出された。 「坂本課長。どうしたんですか?」  裏山を登ってきたのは、孝一の上司の坂本だった。背中に紺色のリュックを背負(せお)っている。 「お父さん、大晦日(おおみそか)におじさんがリュックを背負うって、流行(はや)ってんの?」 孝一は雷一のツッコミを受け流すと、坂本の肩を()すって強い口調で言った。 「課長、どうしてここに来たんですか。朝から今まで、何処(どこ)で何をしていたんですか。奥さんが心配していますよ。」 坂本の目はうつろで、ぼんやりしている。どうやら催眠状態の様だと雷一は思った。勇太が坂本を座らせて、背中からリュックを取り外した。スーツが泥だらけだ。雷一と小力が目を合わせて、頷いた。 「小力。」 「了解、雷一。」 雷一が小力の背中に両手を当てると、小力の全身から青白いエネルギーが放出されて、雷一の両手から体内へ吸収されていく。雷一は今度はそのエネルギーを右手に集めて、坂本の背中を強く叩いた。青白い光が飛び散り、坂本は電気ショックを受けた様に全身を震わせた。坂本は目を見開き、周囲を見回した。何故、自分がここにいるのかわからない様だ。孝一の顏を認識すると、坂本は充電が完了したロボットの様に話し出した。 「ここはどこだ、風間(かざま)君。私は早朝、緒方市長に呼び出されて、国見岳(くにみだけ)トンネルの現場に行ったんだ。そこで、緒方市長と会って色々と話をしたはずなんだ。面倒くさい、生産性の低い話を。だが何を話したのかよく覚えていない。」 坂本は一気にまくし立てると、電池が切れた様に急にうなだれて、首を力なく横に振った。 「国見岳トンネル?」 勇太が不思議そうに聞くと、孝一が答えた。 「ここから二キロぐらい西で、隣りの関屋町(せきやまち)と山を貫通するトンネルを作る工事をしてる最中なんだ。バイパスの完成は一年後ぐらいで、年明けの一月下旬頃には、坑道(こうどう)が貫通する予定のはずだけど。緒方市長は何でそんな場所に、坂本課長を呼び出したんだろう。」 孝一が首を(ひね)る。 「国見岳トンネルから、ここまでどうやって来たの?」 雷一の質問に、坂本は目をつぶり、何かを思い出そうとする。 「緒方市長に乗れって言われて、大きなトラックに乗りました。水筒に入ったホットコーヒーを頂きました。緒方市長から女性問題でお説教をされて、(さと)されました。車内に流れていた音楽が心地よくて、そのうち猛烈(もうれつ)に眠くなりました。気づいたらこの神社の裏山を登っていました。」 「それで、リュックサックはあんたの物?」 勇太が、リュックサックを外側から触りながら聞くと、 「いや違います。何でリュックサックを背負ってこの神社に来たのか、自分でもわからない。」 坂本はそう言うと、両手で頭を抱えた。しかし、バーコードの頭髪を()きむしろうとはしなかった。催眠術をかけられた後は、どこをどう歩いて来たのか、聞いても坂本には答えられないだろうと雷一は思った。 「取り合えず、リュックの中身を見てみようぜ。」 勇太はそう言うと、坂本の背中のリュックのファスナーを開いた。タテヨコ二十センチぐらいの大きさの茶色いダンボールの箱が入っていた。 「取り出すぜ。ちょっと重いな。」 勇太はそう言うと、リュックから慎重にダンボールの箱を取り出した。箱の中から時計の音がする。勇太の喉がゴクリと鳴った。勇太はそのダンボールの箱を地面に慎重に置いた。 「開けるぜ。」 勇太はゆっくりとダンボールの箱を開けた。 「プラスチック爆弾だ。」 雷一と孝一が同時に叫んだ。表面に液晶タイマーを付けた緑色の基盤があり、その下に三本の茶色い筒状の棒が灰色の粘土の(かたまり)に突き刺してある。液晶タイマーは白いガムテープで粘土に固定されている。三本の茶色い筒の上部から赤と青と白の三本のコードが出ており、液晶タイマーに(つな)がっていた。液晶タイマーはカウントダウンで残り二十分を示していた。 「雷一。お前、詳しいな。」 勇太が雷一に言うと、雷一は頷きながらゆっくりとダンボール箱の中から爆弾を取り出して、ゆっくりと地面に置いた。 「だって、映画でよく見るじゃないか。テロリストがビルの地下にあるボイラー室の奥の棚に仕掛けているのを見たよ。」 信乃が爆弾を見て、何かを考えている。液晶タイマーの数字が十九になった。 「爆発まで残り二十分を切ったってことかな。どうしよう、小力。」 雷一の問いかけに、小力は母親の信乃を見た。信乃が口を開いた。 「ここから海までは、どのくらい時間がかかるかしら?」 「距離としては十キロぐらいでしょうか。車で行くと、港まで二十分あれば着くと思います。信乃さんと小力君が空を飛んで運べば、港までここから十分かからないで着くと思います。」 孝一の答えに、雷一と小力は顔を見合わせた。 「そうですか。」 信乃はそう答えると、目を閉じて何かを考えだした。
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