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鑑定団
「お母さん、どうしたの?」
小力の問いに、信乃が答えた。
「孝一さん。緒方市長は爆弾を製造する知識があるんですか?」
孝一は信乃の不意な質問に戸惑って、逆に信乃に質問した。
「どういう意味ですか?」
「わざわざ、坂本課長をトンネルの工事現場に呼び出して、そこでプラスチック爆弾を背負わせてここまで登ってこさせる。坂本課長が頂上の宝来神社に着いたら、タイマーは爆発まで残り二十分を示している。でも爆弾を今から急いで海に運んで捨てれば、ギリギリ爆発を回避できる。」
「ラッキーじゃないですか。今、行動を起こせば爆発は未然に防げる。こっちに風が吹いているって事じゃないですか。」
孝一がガッツポーズを作って言った。
「そう。私と小力がこの爆弾を持って、この神社を離れて海に持っていけばね。」
信乃の懸念に、意味が解らないと首を捻っている孝一の横で、雷一が両手を叩いた。
「そうか。この爆弾は、小力と信乃さんをこの神社から遠ざける為に仕組んだ偽物じゃないかって事だね。」
信乃が頷いた。こめかみを指で叩きながら、孝一が言った。
「緒方市長が市長選挙に出馬した時のパンフレットの経歴紹介には、東大を卒業して総務省に入ったキャリア官僚だと書いてありました。県の要請があって、総務省からこの光南市に副市長として赴任した。だから頭はすごくいいと思います。しかし、爆弾を作る知識があるかどうかは分かりません。」
「そう言われれば、いかにも映画やドラマで見かける時限爆弾だなあ。」
勇太が、爆弾に顔を近づけて言った。
「でもこれが本物か偽物かを、今の私達には判別できません。」
信乃が悔しそうに言うと、雷一が後を続けた。
「そうだよ。もし、万が一、この爆弾が本物だったら、爆発の衝撃でこの神社の結界が壊れてしまうかもしれない。」
一同は沈黙した。その間にも、タイマーは残り十五分になろうとしている。
「判りました。こうしましょう。」
信乃が、一同を見回して言った。
「私がこの不審物を海まで運びます。小力は私が帰ってくるまで、皆さんとこの神社を守りなさい。」
小力は一瞬、不安そうな目で雷一を見上げたが、雷一は小力の背中をポンポンと軽く叩いて、笑顔で頷いた。
「信乃さんは大丈夫ですか?」
心配そうな顔の孝一に、信乃は深く頷くと小力をじっと見つめた。
「小力。あなたにこの宝来神社を任せて、大丈夫?」
「大丈夫です。任せて下さい。」
小力は大きく頷くと、尻尾を大きく左右に振った。
信乃は小力に近づき、小力の鼻をペロリと舐めた。小力はくすぐったそうにしたが、嬉しそうに尻尾を振った。雷一は信乃と小力の前に立つと言った。
「信乃さん。僕が小力と一緒にこの神社を守ります。」
「俺もいるよ。」
雷一の横に、勇太が立った。
「一応、僕もいます。」
孝一が言うと、皆に笑いが起きた。
「それじゃあ、雷一君と小力。私を神社の外まで見送ってくれるかな。」
「はい。」
雷一と小力は同時に返事をした。信乃は坂本に近づくと言った。
「坂本課長、私の背中に乗ってください。」
「家まで送ってくれるんですか。」
思わず立ち上がった坂本に、信乃は首を振ると、大きな声で叱りつける様に言った。
「私を海まで道案内してください。貴方の使命です。」
「えっ、私がですか。私は根っからの臆病者でして。とてもお役に立てません。」
坂本は伏し目がちに言うと、再び座り込んだ。信乃が諭すように優しく言った。
「誰よりもこの街に詳しいあなたにお願いします。海までの最短のコースを、空の上から私に教えてください。この街を救えるのは、市役所で何十年もこの街の為に尽くしてきた、あなたしかいないんです。」
坂本は顔を上げない。雷一と小力は顔を見合わせた。勇太が急に立ち上がって、坂本に近づく。坂本は殴られると思ったのか、後ずさった。勇太は頭に被っていた黒のニット帽を坂本の前に差し出した。
「おじさん、これを貸してあげるよ。空の上は、寒いと思うんだ。おじさんは特に。」
坂本は黙って受け取ると、バーコードの髪が乱れない様に慎重に頭に被った。
「課長、よくお似合いですよ。『ディア・ハンター』のロバート・デ・ニーロみたいですよ。」
すかさず、孝一が声を掛けた。坂本は満更でもないような顔をして笑った。坂本は信乃の前に立つと、言った。
「判りました。ご案内します。この街を守る為に。」
信乃はリュックを背負った坂本を背中に乗せると、上空に飛び上がった。雷一を乗せた小力が後を追う。
「信乃さん、坂本課長。この街の為に頑張れ。」
勇太と孝一が手を振って、見送った。信乃は神社へ上る崩落した階段の前に来ると、周囲に響く大きな声で言った。
「雷一君、小力。私は坂本課長と沖合までこの爆弾を運ぶから、どんなに急いでも、往復三十分は帰ってこれないと思う。後の事は頼んだわよ。」
雷一と小力は頷いた。
「坂本課長、しっかりと背中につかまってください。」
坂本は頷き、信乃の背中にしがみつくと、右手を伸ばして指さした。
「あちらの方角です。」
信乃は頷くと、坂本の指さす海の方角へ飛んで行った。小力に跨った雷一は、小力の背中を両手で軽く叩くと、言った。
「小力。俺たちの力で宝来神社を守ろうぜ。」
小力が緊張した顔で頷いた。
「よっしゃあー。やるぞー。」
「ウオォーン。」
雷一の叫び声に、小力が雄叫びで答えた。
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