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トラック炎上
雷一と小力が神社の境内に戻ると、勇太と孝一がストレッチをしていた。
「信乃さんは海へ出発しました。」
雷一の報告に勇太と孝一は無言で頷くと、そのまま、ストレッチを続けた。
「ああー。」
雷一は大きく背伸びをする振りをして、勇太と孝一の顔色を見た。二人の顔に緊張感が漂っている。雷一は声のトーンを上げて、明るく言った。
「ねえ。座って、これからの事を打ち合わせしようよ。」
勇太と孝一は顔を見合わせた後、雷一を中心に車座になって座った。
「僕から提案でーす。悪霊をぶっ倒したら、みんなでどこか遊びに行こうよ。」
雷一がおどけて言うと、
「俺は早く悪霊を片づけて、帰って紅白歌合戦を見たいよ。石川さゆりの天城越えを観なきゃ、年が越せないよ。」
勇太はちょっと怒った様に言った。孝一の顔は強張ったままだ。
雷一が言った。
「僕は初日の出を見に行きたいな。悪霊をぶっ倒して、みんなで港の灯台に行こうよ。あそこから初日の出が綺麗に見えるって話だよ。ねえ、小力。」
雷一の提案に小力は頷くと尻尾を左右に大きく振ったが、表情がどこか上の空だ。母親の信乃の身を案じているのだろうと雷一は思った。
「小力、信乃さんは大丈夫だよ。速攻で海に爆弾を捨てて、速攻でここに返ってくるよ。」
雷一は小力の背中をポン、ポンと優しく叩いて、言った。小力は雷一を見上げると、大きく頷いた。会話はそれ以上続かず、沈黙が広がった。
境内の中に強風が吹き抜けて、森の木々が揺れだした。雷一は胸の中がザワザワしだした。横を見ると、小力の大きな耳がゆっくりと立ち上がった。
「雷一、嫌な感じがする。」
小力はそう言うと、低く唸り声をあげて、周囲を見回した。雷一も立ち上がり、境内を見回した。
「ドーン。ドーン。」
連続する轟音と共に地響きがして、地面が揺れた。
「何だ、何だ。」
孝一が狼狽えながら、慌てて立ち上がった。
「小力、ちょっと様子を見に行こう。」
頷く小力に雷一は跨ると、勇太と孝一を振り返って、言った。
「二人は離れずに一緒に行動してね。何か困った事が起きたら、大声で呼んでください。」
勇太と孝一は無言で頷いた。小力は雷一を背中に乗せると、崩落した神社正面の階段の方に走った。
階段の上から下を見ると、トラックが階段にぶつかり、荷台が炎上していた。荷台の上で青いポリタンクが何個も爆発で跳ね上がっている。ポリタンクが十個程ロープで固定してあり、次々と引火して爆発している様だ。そのたびに赤黒い炎が吹きあがり、夜空を焦がしている。
「この匂いはガソリンかな。」
ガソリンスタンドの前を通る時に嗅ぐ匂いだと雷一は思った。
「坂本課長が国見岳トンネルから乗せられてきたトラックって、これかもね。」
「雷一、周りを見てみようか。」
小力は雷一を乗せて、空中に上がると周囲を見回した。トラックの荷台の上のポリタンクが、爆発を繰り返している。ポリタンクは半分ぐらいが熱で溶けていた。トラックの周辺には誰も潜んでいない。
「このトラックを運転してきたのは、緒方市長だろうなあ。」
「爆発の振動やこの熱量で、結界のバランスが崩れているかもしれない。悪霊はそれを狙ってやったんだと思う。」
「小力、どうやって火を消そうか。」
「雷一、僕に考えがある。上空から急降下して、トラックにぶつかる直前に停まって、風を起こそう。同時に僕が雷一にエネルギーを送るから、雷一はトラックの荷台のポリタンクに霊力を照射してくれるかな?」
「わかった。信乃さんに教えてもらった急降下の進化版だね。」
小力は頷くと、急上昇を開始した。小力は千メートル程上昇すると、雷一にテレパシーを送った。
「雷一、行くよ。」
雷一は頷き、小力のたてがみをギュッと強く握った。小力は燃え盛るトラックの荷台に向けて急降下を始めた。小力の背中から温かいエネルギーが、跨っている雷一の体内に入ってくる。小力はどんどんスピードを上げていく。地上のトラックがどんどん近づいてくる。
「考えるな、感じろ。考えるな、感じろ。」
雷一は心の中で念じ、その思いが小力に通じる。雷一は胸の中で膨らむ恐怖心を打ち消す為に口から息を少しずつ吹き出し、胸の中の酸素を減らしていった。
「小力、今だ。」
雷一のテレパシーに反応する様に小力が急降下をストップした。その瞬間、トラックの荷台の上で風が起こり、赤黒い炎が揺らいだ。雷一が荷台に向けて、合わせた両手から霊力を照射した。青白い閃光が荷台のポリタンクに向かう。
「ブホォー。」
小力が雷一の照射した青白い霊力の上に、息を吹き出した。小力の吹き出した息は突風になって、まるで雷一の青白い霊力の上を滑るように燃えさかる赤黒い炎に向って行く。トラックが横揺れするほどの風を浴びせた。荷台の上の炎は消え、白い煙が立ち昇った。
「やったあー。」
雷一が小力の背中の上で、ガッツポーズをした。小力はゆっくりと地上に降りた。雷一は小力の背中から降りると、トラックの周囲を見回った。プラスチックの焦げた匂いはするが、荷台の火は消えていた。
「小力、大丈夫だ。火は完全に消えているよ。小力の最後の一吹きの風が効いたよ。」
雷一が小躍りして、小力の所に帰ってくると、
「良かった。雷一、協力してくれてありがとう。」
小力はペコリと頭を下げた。
「小力、こちらこそありがとう。君は本当にすごい奴だよ。君は僕の自慢の友達だよ。」
雷一は、両手で小力の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。そして喉仏をぐいぐい押すと、小力は目をトローンとして嬉しそうに笑った。しかし、小力は急に真顔に戻ると、
「いかん、いかん。雷一、勇太君とお父さんが心配だ。」
小力の声に雷一も我に返り、
「早く境内に戻ろう。」
雷一が小力の背中に飛び乗ると、小力は上昇して境内へ向かった。
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