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リベンジ
「勇太君。大晦日につき合わせちゃって、ごめんな。」
隣りに座る孝一の言葉に、勇太は笑いながら首を振った。二人は雷一と小力が向かった参道の階段に向って、賽銭箱を背もたれにして並んで座っていた。
「いやあ、店の大掃除もちょうど終わって、風呂でも入るかって所だったんで。今頃は、お袋がすき焼きの準備でもしてるんじゃないかな。」
「すき焼き。豪華だねえ。」
「いやあ、俺ん家のすき焼きは牛肉じゃなくて豚肉なんですよ。」
勇太は頭を掻いた。孝一は持ってきたリュックサックの中をまさぐりながら、言った。
「その後、お父さんの調子はどうなの?」
「今は週に一回、リハビリの専門病院に通う様になって、体調もずいぶん良くなりました。親父は倒れてから、前みたいにガミガミ怒らなくなったし、逆に良く笑う様になりました。家の中がちょっと明るくなったみたいで、お袋もつられて一緒に笑う様になりました。」
勇太は照れ臭そうに、孝一にペコリと頭を下げた。
「君は偉いよ。本当に偉い。僕も見習わくちゃなあ。」
孝一は勇太の穏やかな横顔に、様々な苦難を乗り越えてきた自信を見た。自分の今の横顔は果たしてどうなのか。雷一との約束は果たせるのか、孝一は不安になった。
「おじさん。何で緒方市長は警察から逃げたんですか?」
孝一は、勇太にどう話そうか迷った。憶測で話せる情報は持っているが、事実かどうかは判らない。しかし、勇太も雷一と同様、来年の四月から中学生だ。適当な事を言って、胡麻化したくない。
「医療機器会社や建設資材の会社から賄賂を受け取った疑いがある。警察で事情を聴かれた後に、行方不明になった様だ。何故、緒方市長が逃げたのかはおじさんにも判らない。やましい事がないのなら、自分から警察に出頭してちゃんと説明して欲しいと、おじさんは思っている。」
孝一の答えに勇太は頷くと、続けて質問した。
「おじさん。悪霊は乗っ取った緒方市長の体を使って、これから何をしようとしているんだろう?」
勇太の問いかけに、孝一はしばらく考えた後、自分の考えを言った。
「悪霊は佐久間さんをコントロールして実行しようとしていた計画を、雷一と小力君に邪魔されたんで、すごく悔しがっていると思う。だから、まず邪魔者の雷一と小力君をボコボコにリベンジしてから、計画を実行しようと思ってるんじゃないかな。末期癌に苦しんで体力がなかった佐久間さんと違って緒方市長は若いし健康だから、悪霊は今度は自分が勝てると思っているんじゃないだろうか。」
「正解。」
勇太と孝一は、声にびっくりして後ろを振り返った。いつの間にか本堂の階段の上に、紺色のスーツ姿の緒方が立っていた。緒方の目は、真っ赤に充血して泣いているように見える。スーツが油臭かった。勇太と孝一は、慌てて立ち上がった。
「いつの間にいるんだよ。びっくりするじゃねえか。」
勇太の驚いた声に緒方はニヤリと笑うと、二人の上をジャンプして空中で一回転した。床運動の体操選手の様に、両手をYの字に掲げて着地した。
「今の爆発は、あなたがガソリンを階段の下で撒いたんですか?」
孝一の問いかけに、緒方が首を振って言った。
「ガソリンは気化しやすくて、こっちにも危険なんでね。今回は灯油にさせてもらったよ。今頃、あの子達は灯油タンク二十個と格闘してるんじゃないかな。しばらくは鎮火に手こずるだろうから、その間にまず君達からボコボコにしてあの世に送ってやろうと思ってね。」
緒方が両手を上げて手招きすると、孝一の体は緒方に吸い寄せられ始めた。
「何なんだ、これは。」
孝一は足を踏ん張るが、ジリジリと緒方に吸い寄せられる。お互いの顔が、キスが出来るほどまで近づいた。
「風間君。こんな風に、君を処分する事になって残念だよ。君には無駄に力を使いたくないから、拳で殴り殺してあげるよ。」
緒方はいきなり孝一の胸倉を掴むと、右の拳で孝一の顔面を殴った。孝一は後ろに吹っ飛んで、石畳を転がった。緒方は倒れた孝一に馬乗りになると、孝一の頬を左右に張った。そして緒方は、組み伏せた孝一の胸倉を掴み、顔を近づけて言った。
「高卒で真面目だけが取り柄の君を、せっかく引き上げてやろうと思っていたのに。この恩知らずが。」
そう言うと、緒方は孝一を拳で殴りだした。孝一の顔が左右に揺れる。
「やめろ、このインチキ野郎。」
孝一に馬乗りになっている緒方の後頭部に、勇太が打点の高いドロップキックを見舞った。緒方は回転しながら前に転がった。孝一の顔は赤黒くはれ上がっていた。首を後ろに垂れて、ピクリとも動かない。
「威勢が良い中坊だ。なかなかいいキックだよ。」
緒方は首を回しながら立ち上がると、勇太に向き直った。
「まだ中坊じゃあねえよ。来年の四月からだよ、おっさん。あんたの部下のバーコードおじさんが担いできた箱は、あれは本当にプラスチック爆弾なのか。見せかけのおもちゃじゃないのか。」
緒方はニヤリと笑うと、
「どっちでもいいじゃないか、そんな事。大事なのは狛犬の親子が、この神社からいなくなる事なんだよ。戦う敵は少ないに越した事はないだろう。」
「やっぱり、おもちゃだったんだ。」
勇太は緒方に対して、右に回りながら間合いを測った。
「フーッー。」
緒方が深呼吸をしながら、首を回した。緒方の目がさらに真っ赤になった。
緒方が笑いながら、言った。
「君は風間君と違って、少しは戦い甲斐があるかな。」
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