死闘

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死闘

 緒方は勇太への間合いをジリジリと詰める。勇太は右回りに動いて、距離を取り続ける。 「おっさん。何で逃げたんだよ。皆から投票してもらって、せっかく市長になったのに。市長になって、みんなの為にやりたい事が色々あったんじゃないのか。悪い奴から貰ったお金を何に使ったんだよ。どうせ、キャバクラで綺麗なお姉ちゃん相手にお金をばらまいたりしたんだろう。」 緒方はスーツの上着を脱ぐと、両肩を回しながら言った。 「ここで会ったのも何かの縁だ。来年から中学生になるのなら、大人に成る為の問題を出してやろう。」 「問題?」 「もらった時は汚くても、使う時に綺麗になる物。なあんだ?」 「何だよ、それ。(わか)んねえよ。」 「そうか。判らないか。じゃあ、やっぱりここで死ぬんだな。」 緒方はそう言うと、小走りに勇太との間合いを詰めて、右ストレートで殴りかかった。勇太はスウェーしてパンチを避けると、右に回り込みながら倒れこんで動かない孝一に叫んだ。 「おじさん、大丈夫か。緒方市長は格闘技の経験はあるの?」 孝一がうつ伏せになったまま、答えた。 「たぶん、ないと思う。市長選挙の時のパンフレットの趣味の(らん)には、ジョギングって書いてあった。今年の春の市民マラソンで、フルマラソンを三時間半で走ったはずだ。だから、基礎体力はあると思う。」  孝一はゴロリと仰向けになると背中のリュックを前に回し、白いタオルを取り出して切れた唇を拭いた。タオルがみるみる真っ赤になった。孝一はリュックサックの中から、二本の黒いホースを取り出した。 「正確には三時間二十九分五十五秒だよ。」 緒方はそう訂正すると、勇太にまた殴りかかった。勇太は左にフェイントをかけて避けると、緒方の(ふところ)に入り、緒方の体を持ち上げてそのまま抱え上げると走り出した。 「やみくもに殴りかかったって、こっちはあんたを見切ってるから、運よく当たるわけはないんだよ。」 勇太はそう言うと、ジャンプしながら緒方を石畳の上に背中から投げ落とした。 「ドスーン。」 派手な音がして、緒方の体が石畳の上で(はず)んだ。勇太は手ごたえを感じた。しかし、緒方はすぐに起き上がった。 「ごめんな、お兄ちゃん。すぐに立ち上がって。今の俺はもう一人じゃないんだ。自分だけの力で動いてないんだよ。仲間が奈落(ならく)の底から俺の背中を押し上げて、地上に戻してくれたんだ。仲間が俺にもう一度チャンスをくれたんだ。みんな期待してるんだよ。早く俺達を地上に出してくれって。」 緒方はそう言うと、勇太に向って走り寄った。 「ちくしょう。何だよ、それ。」 勇太は叫びながら、緒方の顔面に右ストレートを入れて、左フックを緒方の右の脇腹に打ち込んだ。緒方の体が(ひざ)から(くず)れ落ちそうになったが、緒方は踏みとどまった。緒方は唇を切りながら、にやりと笑った。 「ちくしょうー。」 勇太は緒方の後ろに回ると、腰を落として緒方の首に手を回した。 「この技はもう使いたかなかったんだけど、しかたがないや。」 勇太はそう言うと、緒方の(あご)の下に右手を差し込んで左手で固めると、緒方の首を締め上げ始めた。緒方の方が背が高いので、今日は勇太は腰をかがめる必要はなかった。緒方の顔が紅潮してきた。勇太の右腕にさらに力が入る。緒方は顔を(ゆが)めながら、言った。 「お兄ちゃん、さっきの大人に成る為の問題は()けたかい?」 「まだ言ってるのか。判んねえよ。」 勇太はそう言うと、緒方の首をさらに締め上げた。勇太が緒方の耳元で(あわ)れむように言った。 「あんた、子供はいないのか。子供は今のあんたを悲しんで泣いてるぞ。」 緒方の目じりが吊り上がった。緒方は顔を(ゆが)めながら、ゆっくりと両腕を胸の前でクロスした。 「ウオー。」 緒方が叫んだ瞬間、赤黒い光が緒方の全身から発せられて、勇太は後ろに吹き飛んだ。緒方は、倒れこんだ勇太の前に立つと怒鳴(どな)った。 「もらった時は汚くても、使う時に綺麗にできる物。正解はお金だよ。大事な事は、過程じゃなくて結果。要は使い道だという事だよ。」 「言ってる意味が判んねえよ。」 勇太が苦痛に顔を(ゆが)めながら怒ったように言うと、緒方は首を振り、笑いながら言った。 「いつか判る時が来るんだよ。大人になったら。」 「そんな大人なら、成りたかねえよ。」 「そうだな、成れないな。お前はここで死ぬんだから。」 緒方はそう言うと、勇太に向って両手を合わせてかざした。赤黒い光が今度はビームとなって、勇太の全身を襲った。 「ウワァー、痛えよー。」 勇太は叫びながら、転がりまわった。緒方のビームが執拗(しつよう)に勇太の後を追いかける。 「やめろ、やめてくれー。」 勇太は叫んだ。 「遅い。もう遅いんだよ。」 緒方は笑いながら言うと、ビームを勇太の体に照射し続ける。緒方の目から血の涙が流れ、(ほほ)を伝う。 「やめろ。緒方。」 叫び声に緒方が後ろを振り向くと、孝一が立っていた。
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