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秘密兵器
孝一の顔は赤黒く腫れ上がり、右の瞼は内出血で塞がっていた。孝一はリュックサックを前に抱えて、前屈みで身構えている。
「お前はその辺に寝転がって、順番を待っていろ。」
緒方はそう言うと、勇太に再び赤黒いビームを発射した。
「ウウッ。」
呻き声を上げながら、のたうち回る勇太。
「やめろ、緒方。」
孝一は緒方の正面に回ると、リュックサックから出した二本の黒いノズルを左右の手に持って、緒方の顔に向けた。
「くらえ。」
孝一の叫び声と同時に、二本の黒いノズルから白い粉末が緒方の顔を直撃した。
「何だ、これは。」
周囲は真っ白になって、何も見えない。緒方は両手で目の周りを必死に拭くが、前が良く見えない。勇太はこの隙に、左に転がって藪の中に逃げた。
孝一が言った。
「消火器だよ。さっき、ホームセンターで仕込んできたんだ。」
緒方は全身真っ白になって、立ちすくしている。
「お前は余計な事はするな。死ぬ順番をおとなしく待っていろ。」
緒方は苛立たしく怒鳴りながら、前方の空間を両手でまさぐった。孝一は中腰になると、リュックサックから取り出した太い棒を両手に持って、音を立てずに緒方に近づいた。孝一は緒方の両膝を、左右同時に思いっきり殴った。
「グシャッ。」
膝の骨の割れる音がした。
「ウワァー」
緒方は叫ぶと、両膝から地面に倒れこんだ。
「これはすりこぎ。調理道具も武器になるんだよ。」
緒方は立ち上がろうとするが、両膝が割れてバランスが取れない。再び倒れこんだ。
「おのれ、風間。」
緒方の声は怒りに震えている。緒方は両手を地面について何とか立とうとするが、体を支えきれず再び倒れこんだ。
「緒方、もういいよ。お前の役割はここまでだ。」
緒方と違う低い声が境内に響いた。倒れた緒方の全身が硬直して、震え出した。横たわった緒方の両目、口や鼻、そして耳の穴から赤黒い液体が滲み出てきた。液体の様に見えたのは、小さい赤と黒の縞模様の蟻の様な生物の集合体だった。孝一は以前、佐久間の目の奥に同じ模様を見た事を思い出した。その時は目の中の模様だと思っていたが、その生き物は佐久間の体内で巣食っていたこの生物なのかもしれない。緒方の体の中から出てきたその集合体は、緒方の体から離れて水たまりの様に一か所に集まると、徐々に人間の形を成していった。塊は立ち上がると、赤黒い大男になった。右手に体よりも長い棒を持っている。目と口の部分は空洞だ。孝一は思わず呟いた。
「赤鬼。」
赤鬼の形になった悪霊は、緒方の前に仁王立ちすると言った。
「緒方よ。人間の体内から出て、こんな姿に変形したのは初めてだ。お前の熱い怒りと強い憎しみが、私を新しく進化させてくれた。」
悪霊はそう言うと、倒れている緒方に手をかざした。今まで緒方が照射していたビームよりも、もっと赤黒い、高密度のビームが緒方の体を襲った。
「うわぁー。」
緒方は叫びながら、のたうち回った。鬼の形に変化した悪霊の空洞になっている口元が、左右に上がって笑っている様に見える。
「今までお前が照射していたビームと質が違うのが、お前にも判るだろう。私がお前の体から抜け出して、生身の体になったんだからな。人の力を借りずに、自分自身で力を使う事がこんなに楽しいとはな。あらためて礼を言うぞ、緒方。あの世で娘と仲良く暮らせよ。」
悪霊は空洞の口の中から、赤黒いビームを緒方へ照射した。緒方の体全体を赤黒いビームが包んだ。緒方は痙攣した後、動かなくなった。
悪霊は振り返ると、孝一に言った。
「待たせたな、風間。次はお前をあの世に送ってやる。もう消火器噴射は効かないぞ。俺は目玉がないんだからな。お前の動きはレーダーの様に感知しているから、視界を遮ろうとしても無駄だぞ。」
「ちくしょう。こんな事なら、防虫剤も買っておけばよかったよ。」
悪霊は小首を傾げると、孝一に近づいて来た。孝一は後ずさりをする。
「今度こそ、あの世に行けよ。奥さんが首を長くして待っているぞ。」
悪霊はそう言うと、両手を高く上げて掌を孝一に向けた。
孝一は座って胡坐をかいた。顎を引き眼を閉じると、胸の前で両手を合わせて言った。
「雷一。お父さんは今度こそ変身して、お前のヒーローになりたかった。俺と静香の間に生まれてきてくれてありがとう。先にお母さんの所に行くから、おばあちゃんの事を頼んだぞ。」
悪霊が両手から赤黒いビームを孝一に向けて発射した。その時、上空から青白いビームが雷の様に落ちてきた。二つのビームが衝突した
「バリバリバリー。」
境内が昼間の様に明るくなった。青白いビームは悪霊の両手まで伸びて、悪霊の両手を吹っ飛ばした。ビームの衝突の爆風で、孝一は後ろに吹っ飛んだ。孝一は境内の石畳の上に大の字で倒れていた。巻き起こった砂ぼこりで、周囲はよく見えない。
孝一が空を見上げると、黒い塊が降りてくる。
「静香、天国から迎えに来てくれたのか。」
孝一は右手を弱々しく揚げた。上から差し出された右手に、孝一の右手はしっかりと握られた。
「お父さん、遅れてごめん。だいぶ痛めつけられたね。」
孝一の前に、雷一を乗せた小力が舞い降り立った。孝一は涙ぐみながら、言った。
「雷一。ありがとう。」
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