諦めない

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諦めない

「やったー。」  雷一(らいち)の歓声に、黙って様子を見ていた小力(こりき)が首を横に振った。粉々に飛び散った赤黒い物体は、石畳の上に()らばった後、それぞれに意志を持って二つの小さな(かたまり)を形成していった。砂の塔が少しづつ形作られていく様に、その塊が段々と上に大きくなっていく。やがて二体の人間の様な形になった。雷一は小力の元へ走って戻った。 「小力、僕は判ったよ。」 雷一が言うと、小力が苦虫を噛みつぶしたような顔で答えた。 「僕も判った。」 「じゃあ、同時に言おうか。」 雷一と小力は声を合わせて言った。 「赤鬼と青鬼。」 「正解。」 完成した赤鬼と青鬼が、声を合わせて答えた。 二頭の鬼は並んで仁王立ちすると、 「ウオォー」 夜空に向けて、同時に雄叫(おたけ)びを上げた。神社の境内(けいだい)の木々が震えた。 「やれやれ。わざわざハモンなくてもいいよ。」 雷一の嘆きに、小力も頷いた。 「これで二対二だ。戦力はこちらが上。お前達の負けだ。爆弾を捨てに行った母親が、海から返ってくる前にけりをつけてやるぜ。」  赤鬼が言うと、横に並んだ青鬼が頷いた。赤鬼と青鬼は両腕を回して肩周りをほぐすと、それぞれ右手に持った金棒(かなぼう)を同時に振り回した。雷一と小力はとっさに後方に飛んだ。赤鬼と青鬼は左右に分かれて雷一と小力を(はさ)み撃ちにすると、力任せに金棒をブンブン振り回して来た。やみくもに金棒を振り回すだけだが、二頭の動きはシンンクロしていて無駄がなかった。上から振り下ろすかと思えば、次は水平に振り回し、その後に斜め下から振り上げる。無尽蔵(むじんぞう)のスタミナだ。赤鬼と青鬼は金棒を振り回しながら、雷一と小力への距離を段々と縮めてきた。気が付くと、雷一と小力はいつの間にか背中合わせで追い詰められていた。 「こいつら、一卵性の双子かよ。小力、やばいな。何かいい方法はないかな。」 「雷一。僕が上空に飛び上がって、こいつらを引き付けるよ。」 小力が上を向いて飛び立とうとした。その瞬間、不意を突いて赤鬼と青鬼が、同時に金棒を雷一に振り下ろした。雷一は驚いて、後ろに(ころ)んだ。すかさず、赤鬼と青鬼の金棒が目の前に迫ってくる。雷一は思わず目をつぶった。 「ドーン。」 雷一が薄々(うすうす)目を開けると、小力が雷一に(おお)いかぶさって、(たて)になっていた。二頭の金棒を背中にまともに受けている。雷一が下から小力を見上げて言った。 「小力、大丈夫?」 小力は苦痛に顔を(ゆが)めながら、頷いた。どんぐり(まなこ)()()に充血している。 「雷一、僕は(あきら)めない。」 小力の大きな口元から血が流れ出て、雷一のジージャンの胸元を濡らした。雷一は涙をこらえて、黙って頷いた。 「無駄だ。諦めろ。お前らは鬼に退治されて、この世に恨みを残して死んでいくんだ。成仏(じょうぶつ)できなかったら、その怒りや憎しみを手土産(てみやげ)に、俺達を訪ねて来い。今度は俺達の仲間に迎え入れてやる。このくだらない世界を一緒に(たた)(つぶ)して、新しい理想の国を(つく)ろうぜ。」 赤鬼はそう言うと、ニヤリと笑った。青鬼も笑う。二頭の開いた口の中に漆黒(しっこく)の闇が広がった。 雷一は赤鬼を睨みつけると言った。 「叩き潰されるのは、お前達の方だ。」  雷一は小力を下から押し上げると、小力と背中を合わせた。雷一と小力は赤鬼と青鬼が連続して振り回す金棒を、左右に避けながら左回りに動いた。外側から挟み撃ちにした赤鬼と青鬼は、ひたすら金棒を振り回し続ける。雷一と小力は、じりじりと追い詰められていた。 「小力。僕、もうだめかも。」 雷一の息があがってきた。 「雷一、諦めちゃだめだ。絶対チャンスがある。勝負はこれからだよ。」 小力は、背中越しに雷一を励ました。 「フゥー。」  雷一は頷くと、目を閉じて深呼吸をした。三途(さんず)の川の向こう岸から手を振る母親の静香や省吾(しょうご)じいちゃん、横で頷く五代目と(こずえ)ちゃんの笑顔が目に浮かんだ。 雷一は目を開けると、言った。 「そうだね、小力。僕はお母さんと、決して諦めないって約束したんだ。僕と小力はこの戦いに必ず勝つんだ。」  雷一は両手で自分のほっぺたを叩くと、左足を前に出した。重心を右足にかけて斜めに立った。そして右手を頭の後ろで曲げて左手を腰の前に出すと、赤鬼に向って『おいでおいで』をした。  赤鬼と青鬼が金棒を振り回しながら、距離を縮める。 「強がっても無駄だ。さあ、そろそろゲームも終わりだ。お前達もこれでお(しま)い。この世の最期(さいご)だ。」 赤鬼の言葉に青鬼は頷く。二頭は同時に金棒を振り上げ、高く掲げた。 その時、二頭の金棒に空から落雷が落ちてきた。 「ドドォーン。」  赤鬼と青鬼の体の中を電流の様な白い光が通り抜けた。金棒を振り上げたまま、赤鬼と青鬼の体が小刻みに揺れている。そして二頭の体全体が膨張してきた。密集した赤黒い蟻の隙間から白い光が漏れ出し、その光がどんどん大きくなっていく。 「パァーン。」 赤鬼と青鬼の体は四方に飛び散った。 「お待たせ。」 頭上から声が響いた。
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