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降臨
雷一と小力が夜空を見上げると、満月を背にして佇む姿があった。
「お母さん。」
「信乃さん。」
信乃は小力の横に降り立った。小力が尻尾を振って迎えた。
「信乃さん、思ったよりも早かったね。海に爆弾を捨てて帰ってくるまで、往復で三十分ぐらいはかかると思ってたよ。」
信乃は雷一に笑顔を向けると言った。
「海岸まで行って、そこから沖に爆弾を捨ててくれば、戻ってくるまでそれぐらいかかるわね。」
「爆弾を海に捨てに行かなかったの?」
体を摺り寄せてくる小力に、信乃は優しく言った。
「私も最初は、あのダンボールを海まで捨てに行こうと思ったの。でも、ひょっとしたら爆弾が偽物じゃないかなと。私を貴方達から引き離す為に、遠い所へ誘導する為の作戦じゃないかって。」
「でも、もし本物の爆弾だったら?」
「そう。私もそれを心配して、元の場所に置いてきました。」
「元の場所?」
「坂本課長が緒方に会ったトンネル工事の現場。」
「そこなら、ここから二キロぐらいの距離だ。だから課長を案内人に指名したんだね。」
雷一が感嘆の声をあげた。信乃は頷くと言った。
「爆弾は、工事現場のトンネルの中に置いて来たの。トンネルの入り口に警備員の人がいたからその人に坂本課長を預けて、ついでに警察に電話をしてもらったわ。今頃、警察の爆弾処理班が駆けつけて対応してくれているはず。もし本物の爆弾だったら、トンネル開通の為にこれから使えばいいでしょうから。」
「小力のお母さんって、本当にキレキレだねえ。」
雷一に母親を褒められて、小力の鼻の穴がもっと膨らんだ。
信乃は、雷一と小力に向き直ると言った。
「雷一君のお父さんと勇太君は無事なの?」
雷一と小力は頷いた。雷一は、二人が本堂の軒下に隠れている事をテレパシーで伝えた。
信乃は深く頷くと、
「さあ、これから最終決戦よ。あなた達、気合を入れて戦うわよ。」
「オォー。」
「ウオォーン。」
雷一と小力は同時に雄叫びを上げた。
信乃の攻撃で四方に飛び散った赤黒い蟻達が、水たまりの様に一か所に集結していた。やがて一つの形を成した。今度は赤黒いままのマネキン人形の様な形態だ。顔が少し歪んでいて、目の焦点が合っていない。どこを向いているかわからない不気味さがある。雷一が言った。
「ホラー映画で、物置の奥に捨てられていそうな人形だな。」
「これがラスボスの最終形態か。雷一、さっきよりも一回り小さくなったね。悪霊の同志が減ったかな。」
「雷一君、小力。油断しないで。私の攻撃でも死ななかった、この世に強い恨みや怒りを持った者達の精鋭部隊でもあるのよ。」
雷一と小力は、信乃の言葉に同時に頷いた。
小力が信乃に向かって言った。
「お母さん。僕、これまでの戦いで気づいた事があるんです。」
「気づいた?」
優しく見つめる信乃に、小力は大きく頷いた。大きな耳が揺れた。
「小力、何に気づいたの?」
雷一の問いかけに、小力は雷一と信乃の顔を交互に見て答えた。
「僕が悪霊に攻撃を仕掛けるんで、雷一とお母さんは悪霊の顔を観察してもらえますか。」
「顔?」
訊ねる雷一に、小力は雷一の目をじっと見つめて頷いた。
「わかったわ。頑張って。」
信乃はそう言うと、小力の鼻をペロリと舐めた。
小力は空中に飛び上がると、捨てられたマネキン人形の様な悪霊の周りを旋回し始めた。信乃は雷一を乗せて飛び上がると、少し離れて悪霊の正面に向き直った。悪霊は旋回する小力の動きを、充血した眼で追った。首が三百六十度、グルリと回った。
「これからは、テレパシーで話します。」
小力の呼びかけに、雷一と信乃は無言で頷いた。
「よーし、いくぞー。」
小力は掛け声と共に上昇すると、上空から青白い炎を悪霊の胸に口から照射した。悪霊は咄嗟に、胸の前で両腕をクロスして防いだ。
「雷一、お母さん。聞こえますか。」
雷一と信乃は頷く。
「僕の攻撃に悪霊が行動を起こす時に、奴の顔の眉間に注目してください。」
小力のテレパシーに、雷一と信乃は頷いた。雷一は悪霊の顔を凝視した。今度は小力は急降下して、悪霊の顔に口から青白い炎を吹き出した。悪霊も対抗して、口から赤黒い炎を吹き出した。二つの炎は空中でぶつかって、弾き飛んだ。
信乃のテレパシーが、雷一の脳内に響いた。
「今、光ったわ。」
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