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「……ぎぃやああああああああ!!!」
…なんとか冷静にしようと努めてきたが、もう限界だ。みっともなく悲鳴を上げて、顔面を涙とか鼻水とか涎でべとべとに汚す。
引っ張る腕は万力のように強く、筋骨粒々で、それに比べたら私の腕なんて枯れ木みたい。
お陰で、私は汚い声を撒き散らしながら必死に抵抗するのがやっとの有り様。
今の私は腕が間接の所まで引きずり込まれ、便所の床に顔を擦り付け、毎日手入れしている長い髪が便器に浸っている。無様だ。
『コッ、チニッ、キテッ、ヨ~』
エコーの掛かった、幼さの残る声が残響する。声の主の姿はわからないが、その発声源は間違いなく私の腕の先だ。
「うぎゃあああああああっ! 引っ張らないでぇええええええ!!」
私自身、なんでこんな事になってるのかわからない。誰か説明してくれと心の底から思う。
「ねえ知ってる? 別棟三階のトイレの噂。午後四時ちょうどに、三番目のドアを三回ノックすると~」
よくある噂話だ。この学校、教室のある校舎は最近建て替えられたケド、実験室や音楽室などの目的別のそれは別に設けられ、改修は後回しになっていた。
で、当然旧い校舎には曰く付きがある。私は別に興味はなかった。…ホントに、興味はなかったのだけど……。
「そこの幽霊、超イケメンなんだって~」
バカだった。本当にどうかしていた。噂話なんぞにホイホイ乗っかった自分への後悔で、いっそ死にたくなってくる。
だいたい、女子トイレに居るイケメンとか、どう考えても変態だ。ちょっと冷静に考えればわかる話だろう。
それだというのに。今日の私はどうかしていた。それもこれも、朝の占いで一位になった時の内容がいけないのだ。
「一位は乙女座のあなた! 出会ったばかりの人と急接近!? ラッキーアイテムはシンプルなヘアピン!」
…うん、やっぱりバカだった。占いを鵜呑みにするほど男に飢えていたらしい。確かに急接近しているけど、明らかに想定してたヤツじゃない。
それと同時に、頭の中で恐怖と混乱がじわじわと支配されていくのがわかる。
知らなかった。人生の終わりにやってくるのが、こんなものだなんて。
知りたくなかった。私はモブはモブでも、ホラーにおける最初の被害者枠だったなんて。
「誰かァッ!! いいやぁああああああああああ!!」
…なんて脳内で冗談をかましているのも、もう無理だ。力は限界に達し、身体はずるずると和式便器に引き込まれていく。
自分はいったいどうなるのだろう。引き裂かれるか、ミンチか、はたまた丸かじりか。なんにせよ、もう終わりだ。
そうこうしているうちに走馬灯のフィルムが回り出す。十七年ぶんなんていう、随分ショートな内容。
──悲しいくらい見所が無かった。申し訳程度のコイバナすらなかった。…別の意味で泣けてくる。
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