冷堂霧慧は探偵である

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冷堂霧慧は探偵である

「いや、ホントに失礼したわ」  あれから約三十分後。目覚めた私は自分を救った謎の女子生徒─名を冷堂霧慧と呼んだ─と、学校近くのファストフード店で膝を突き合わせている。 「あの子、花ちゃんが迷惑かけたから。そのお詫びになれば、と思ったんだケド…」  つまり、そういうことらしい。…その割にメニューへ目を通した時、値段高そうなのを指そうとした瞬間に睨まれたのは多分気のせいだ。 「ええ、うん。それは別にいいんです。助けられたし。本当にありがとうございました」  私は頭を深めに下げる。それを冷堂霧慧は、大したことじゃない、と照れる様子もなく適当に流す。 …ところで、と前置きした上でコーヒーのミルクの空を指で弄る彼女、冷堂霧慧の姿をじっと見つめる。 「何かしら? じっと見つめて」 「…あ、いえ。その、率直に聞いて、冷堂さんは何者なんですか?」  そう尋ねると、冷堂霧慧は一息吐いて調えると、自身の纏う雰囲気を俄に真面目そうなものに変える。 「んじゃ、あらためて。わたし、こういう者でして。以後お見知りおきを」  そう言って、胸ポケットから四角い何かを取り出す。それは、学生のわたしからすれば馴染みのないものだった。 「名刺…?」  白い長方形の中へコンパクトに納められた個人情報によると、彼女は〘螺巻探偵事務所〙という場所に所属する旨が記されている。  こういったものを受けとるのは人生初であるがゆえ、自然と背筋を正して肩に力が籠ってしまう。  その様を見ていた冷堂霧慧は、纏っていた真面目そうな気配を霧散させると、クスリと微笑む。 「…あんまり固くならなくていいわよ。なんてことのない、場末の何でも屋みたいなものよ」 「…え、はい。というか、冷堂さんって、働いてるんですか?」  その問いに、冷堂霧慧は何故か首を傾げた。直後に自分の身なりを見返して、相槌を打つ。 「…ああ、このカッコじゃそうなるか。変装よ、変装」  ひらひらと、冷堂霧慧は身に纏う私の学校の制服なびかせる。確かに、こう向かい合っても同門の生徒に見える。完璧だ。 「それと、わたしのことは霧慧でいい。言いにくいでしょ、わたしの苗字。ええと…」 「…小鳥遊です。珍しいほうの」 「小鳥が遊ぶ方ね、成程わかったわ」  そう言って、コートのポケットに入れていた手帳にメモを取る霧慧さん。 「ところで、下の名前は?」 …予期した質問が飛んでくる。私は少し、深呼吸して、失礼かもしれない提言をする。 「…すみません。直接書いてもいいですか?」 「──? 構わないケド?」  快く借してくれた手帳に、私の苗字が書かれた場所を見つける。その続きところに、わざと崩しぎみに名前を書く。 「…すみません、お手数かけました」 「いいわよ。…雲に、母ねぇ? 変わった名前」 …これまた、月並みな台詞が飛んでくる。我ながら、自己紹介だけは苦手だ。この名前はあんまり好きじゃないからだ。  実際にそう読めるとはいえ、雲母(きらら)という名前はキラキラネーム感があるので、小さい頃からかわれる時があった。  だから、苦手意識が拭いきれてない。相手が本名を名乗った手前、こっちも名乗るのが礼儀なのはわかっているけれど。 「…うん。あらためてヨロシク、タカナシちゃん」  手を差し出し、こちらを慮ったかはわからないが、苗字で呼んだ霧慧さんに内心感謝していた。
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