冷堂霧慧は探偵である

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「…それで、気になってたんですけど」 「え、何? わたしの言える範囲でいいなら、何でも答えるケド?」  私はその言葉に甘え、頬杖つく霧慧さんの隣に目線を移す。そこには…、 「どうしたの、タカナシちゃん。花ちゃんがどうかした?」 「…いや、なんでその《花ちゃん》がいるんですかね?」 『ふぁい?』  名前を呼ばれ、愛らしく小首を傾げるのは、半透明の謎の少女その二…雪之丞花を名乗る幽霊だった。  私はツッコミを入れずにはいられなかった。私を和式便器に引きずり込もうとした彼女が、当然のようにこの場にいることに対して。  花ちゃんはハンバーガーをリスのように口一杯に頬張り、もきゅもきゅと力強く咀嚼し、その味を存分に堪能していた。  古い黒セーラーの制服を纏い、幸せそうにご飯を賞味するその姿は、言われないと幽霊だと気が付かない程だ。 「普通、こういうのは迷惑かけた本人が直接謝ってもらう方が筋ってものでしょう?」 「いや、それはわかるよ? でも、その、ねぇ?」 …言葉が自然と濁る。今、花ちゃんは大食い選手権ばりのハイペースでハンバーガーを十個ほど平らげている。  普通なら、ちらりとでも一瞥するだろうその姿を、私と霧慧さん以外が一切認識していないのが、その証拠だった。  ありふれた日常の風景の中で、さも当然に巻き起こる心霊現象に動揺するなという方が無茶というものだ。 『……ごっくん。あー、おいしぃ~』 「気が済んだ? んじゃ、わかってるね?」  霧慧さんに促され、はーいと元気な返事をする花ちゃん。端から見れば姉妹にも見える。 『こほん。…えっと。からかってゴメンね。アレ、別に死んだりはしないけど、怖かったよね?』 「う、うん。そんな、気にすることじゃ……」 『そう? 良かった~。なんか走馬灯とか始めてるようなヤバい顔してたから、流石にやり過ぎたかな~、と思ってたよ~』 …正解、走馬灯してました。というか、そう思ってたならやめて。ホントに顔面ベトベトのグシャグシャの、見るも無惨な有り様だったでしょ。 「やれやれ。花ちゃんは天然ドSだから」  霧慧さんの呆れ様を見る限り、彼女のアレをいつものしょうもないジョーク感覚で済ませているようだ。  冗談じゃない。私は湧き上がるストレスに対抗して、トレイの上のファストフードを貪る。もはや食わなきゃやってられないという心境だ。 …明日の体重計が怖いが、そんな懸念を無視してカロリーに溺れたい。そんな日があってもいいじゃない。人間ってそういうものでしょ、たぶん。 「食べるね。余程お腹すいてた?」 「自棄食いですよ。こうなったらタカるだけタカってやります。オゴリをやっぱなしなんてのはやめてくださいね」 「しないって。…まあ、そんなに気に病んでいなくて、わたしとしては重畳だ」  そう言うと、霧慧さんもトレイの上に置かれたハンバーガーの包みを剥いでいく。 「んじゃ、わたしも。いただきま──」  パンズが顔を出し、一口目を味わおうとする彼女の前に、その間を滑り込むように隣から飛び出るのは──、 『うん、美味しい~。ジャンクフードを食べても太らないってサイコーですねぇ~』 ──花ちゃんが一口目を強引に奪い去ってご満悦な表情を浮かべていた。一方、一口で半分近く持っていかれた霧慧さんの表情は──、 「…ファ○ク!」 ──凍りついた笑みを張り付け、思い切り中指を立てていた。大人気ないだろうが、その気持ちは痛いほどわかる。食べ物の怨みは怖いのだ。
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