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「…というわけで、何か知ってることないかな?」
一通りかいつまんでこちらの事情を話し終えると、霞ヶ浦くんは顎に指を添えてしばし考え込む。
『…そうか。その、日向だったか? すまないが、その少年に心当たりはない』
がっかり、と肩が落ちそうになるのを抑える。折角情報提供してくれた相手に失礼はできない。それくらいの常識はある。
「そう、ですか。此処にはいつから?」
『少なくとも、四月頃からだな。さっきも言ったが、此処には誰も立ち寄らないから、基本的にはひとりだ』
「そう、ですよね…」
いかんいかん、声色が落ち込んできた。何か、他の角度からわかることはないかと頭を巡らせる。
「じゃ、じゃあ。それ以前はどうかわからないです?」
『すまないが、直近まで誰かが居たかまでは。そもそも、おれ自身こうして話をするのが久しぶりなくらいなんだ』
申し訳無さの中に、どこか辟易しているような吐息を漏らし、霞ヶ浦くんは肩を落とす。その言葉には嘘は感じられなかった。
彼の話を信じるとなれば、花ちゃんのアテが外れたことになる。無駄骨だったとわかった途端、どっと疲れがのし掛かってくる。
『…力になれなくて、すまないな』
申し訳なさそうに言う霞ヶ浦くんに、あわててフォローを差し込む。
「ううん。教えてくれてありがとう」
愛想笑いを貼り付け、私はお礼を口にする。すると、ふと思い出したかのように、一歩私に歩み寄る。
『ああ、忘れていた。本当に、人と会うのは久しぶりでな』
彼はそう言うと、ふいに右の手を差し出す。スラリとした美少年の外見とは裏腹に、少しゴツい男性の手を、まじまじと眺めてしまう。
「え…と、その。これは?」
『? いや、信愛の握手なのだが』
霞ヶ浦くんは首を傾げる様で、私はようやく思考が追いついてくる。
「え、ああうん。そうだよね。握手握手、シェイクハンド。わかるわかる」
非常に不味い。顔のいい相手を前にして、緊張のあまり凄まじい勢いで語彙が崩壊する。チンパンジーでももうちょっとマシだろう。
おまけに心拍数が跳ね上がるわ、掌は汗でギトギトだ。手乗りサイズのダムでは容易に決壊する。
「う、うん。今後とも、よろしく──」
差し出した手を握り返そうと、声を上擦らせて手を伸ばす。
…瞬間、心臓が跳ねた。その掌は凍った鉄のようで、とても人体に触れているとは思えない熱の無さに体が強張る。
よく見ると、触れている彼の手が、差し込む夕陽をガラスのように透過させている。
私はこの異常さについ目をぱちくりさせて、行き場を失った手が宙ぶらりんになってしまう。
「……」
たぶん呆気に取られたままの顔をしながら、冷や汗全開で握りしめる私を見て、霞ヶ浦は申し訳なさげな態度を見せる。
『…む、すまない。もうひとつ、言い忘れていた。おれは死んでいるらしい。幽霊、とかいうのの仲間だな』
──硬直。横殴りで入ってきた情報に、脳ミソが処理落ちを起こす。
『ああ、すまない。キミはそっち側だったか。普通に話せるもので、つい仲間だと思っていた』
さも当然な風に言う霞ヶ浦くん。一方の私の方はというと──、
「…………」
脳がバグった。いや、全力で歯を食い縛って、彫像のようにぴたりと固まっている。
ロマンチックな非日常からホラー映画に急降下で叩き落とされ、私の正気度の値がゴッソリ持っていかれた。
顔にこそ出ていないが、頭の中では神経が錯綜し、視界がぐにゃりと歪んで、胃酸が逆流しそうになる。
『ど、どうした。平気か?』
「──ヘイキヘッチャラデスヨ?」
……よし。耐えた。偉いぞ私。なんかポンコツロボットみたいな喋り方になってたけど、何とか正気を保っている。
『そ、そうか。大丈夫ならいい』
うん。その心からばつが悪そうに見えるその表情といい、私には本当に生きているように感じられる。
そして冷静に考えれば、こんな取り壊し間際の所にいて、尚且つ足音が一切しないヤツなんて、マトモな人間な筈がなかった。
…いけないいけない、と頭を振る。つい夕焼けのノスタルジックな校舎とかいう、雰囲気マシマシのロマンチックさに目を曇らせていた。
ついでに、あの美少女型のロクデナシ悪霊に、彼の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいと心の底から思う。
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