助け船は泥舟か

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『ー−O_―_ー―_a−!!』  真っ黒な化け物は、壊れたテレビのノイズを思わせる、もはや言語かどうかも怪しい叫び声を上げる。  それを耳にするだけで、生理的な不快感がよじ登ってくる感覚に見舞われ、立とうとする足がもつれる。 『…平気か?』  心配する霞ヶ浦くんの声に、私は額に汗をにじませながらゆっくりと頷く。 …口には出さないけれど、一瞬彼が手を差し出そうとして、すぐ申し訳無さそうに引っ込めたのを私は見逃してはいない。 『立てるならすぐに逃げるぞ。今日のあいつは異常だ。いつになく殺気立っている』  化け物の様子を観察していた霞ヶ浦くんはそう溢す。まるで顔見知りのような口ぶりが妙に気になってしまう。…が、 「──っ」 …変な話、あの化け物はのっぺらぼうで〔目〕はない筈なのに、強く睨まれたように感じて鳥肌が立つ。  まるで強い怨みを籠めたような視線だった。そんなもの買われる謂れはまったくないのだけれど。 『おい、本当に平気か…?』 「……だ、大丈夫。頭は切り替えたから」 …そうは言うけれど、実際のところ背筋が冷えっぱなしで、さっきとは違うベクトルで動悸もひどい。  ただ、そういった恐れの感情を沈め、何でもないように見せてるだけだ。 『…ならいい。ゆっくりと、アイツを刺激しないよう着いてきてくれ。焦るとまずい』  すくんだ足を無理やり立たせると、手招きする霞ヶ浦くんの背を追いかける。  まるで盗人のような忍び足で、古くて軋む床を鳴らさないよう、ゆっくりと屋上へと登っていく。  一分一秒が途方もなく遠い。スローに、パントマイムのように、一段一段時間をかけて進む。  本当は袋小路になるとしても、下へ続く階段にはあの化け物が睨みを効かせているから、降りたくても降りれない。 (……あれ?)  階段を登り終えたあたりで、恐る恐る後ろへ目をやる。視界にはあの真っ黒な化け物はおらず、先程までの漲る殺意はどこへやらだ。 (追って……こない?)  姿こそないが、呻き声が微かに聞こえ、校舎も足を踏み出していないのに揺れている。  あれは動くものに反応するだけのか、はたまた別の理由か。疑問を尋ねようと思ったが、また襲われたらと頭を過り、口を噤む。 『…まだ荒れているな。すまないが、もう少し先まで行こう』  彼の言葉に頷くと、引き続き息を押し殺して、ゆっくりと錆びたドアに手をかける。  鍵は壊れていて開けられるが、鉄製でずしりと重く、音を立てないように神経を使わされる。  心臓のいっそう鼓動が早まる。さっきまで暑かったはずなのに、冷や汗で背中がびっしょり。震える手を抑えて、ようやく一人分の隙間を開けられた。  なんで悪い事をしていないのに、こんなにもビビり倒さなくてはならないのだ。理不尽にも程がある。
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