冷堂霧慧は探偵である

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 一通りテーブルの上を平らげ終えると、霧慧さんは徐に席を立つ。  御手洗いだろうか、とその足取りを目で追うと、その予想を裏切るように全く違う方へ歩き出す。 「へ? 何処へ…?」 「何処って、喫煙所だけど?」  慣れた手付きでポケットからライターと1カートンぶんのタバコを取り出して、呆然とした私に向けてさも当然のように言い放つ。  何食わぬ顔で言い放つその姿は、まるで──、 「……ふ、不良!?」 「なんでよ。別にいいでしょタバコくらい」  いや、良くない。なぜ平然とそんなことを宣うのだ。優等生を気取るつもりはないが、法に触れる行為を見過ごせる程アウトローでもない。 「ハッ、まさかトイレに居たのも…?」 「花ちゃん、そいつもっかい弄り倒していいよ。ギャン泣きするくらい徹底的に」 「はいごめんなさいもう言いませんだから許してくださいお願いします」  正論は恐怖であっさり屈伏させられた。許可が出て心底目を輝かせる花ちゃんに背筋を凍らせていると、彼女はボソリと呟く。 「いいじゃない。わたし、もう成人だし」 ……へ? 耳を疑った。何せ私と同じ制服を纏う人間がそんな言葉を発したのだから。 「そんな驚く? さっき名刺見たでしょう」 「…少年探偵団的なアレかと」 「そんなのはフィクションだけよ。ホントは制服なんて着る歳じゃないのよ、わたし」  自嘲気味に溢しつつも、彼女のその何処か凛とした振る舞いや気配の理由がなんとなく腑に落ちた。  なるほど。失礼かもだが、同年代だったらもっとアホみたいなものだ。歳上なら、その大人っぽい雰囲気も納得だ。 ──なんだか目の前の少女…もとい、女性が遠い存在に思えてきた。 「もういい? いい加減ニコチン補給したいんだケド?」 「あ。すみません、引き留めて。どうぞ」  手を振ると、行ってきますという挨拶をして、奥の喫煙所へと向かっていく。 「…はぁ。肩身が狭いわ、ホント」  そう小さく、しかし深々と愚痴を溢していたのを、私は聞き逃していなかった。 『まー、近頃はお酒も煙草もうるさいからねー。霧慧ちゃんの気持ちもわかる気がするな』  と、バニラシェイクを啜りながら、同情的な言葉を述べる花ちゃん。  近頃はファミレスも全席禁煙のご時世、煙草を吸うのも一苦労なのだろう。もう思い切り吹かせられるのは紛争地帯くらいじゃないだろうか。 「…うん、それはそれとして。人のバニラシェイク勝手に飲まないでっ!」  私が口を尖らせて注意されたためか、渋々引き下がる花ちゃん。…が、直後に大声を出したせいで奇異な目線を一瞬浴びせられた。  今叱った相手は普通は見えないものだから、客観視したら私一人が騒いでいる風にみえるのだ。 …なんて割に合わない。結局、一服終える霧慧さんの帰還まで、席に貝のように蹲って大人しくする羽目になった。 …というか、こうして普通に話していること事態、異常なのだ。  目の前のポテトをげっ歯類のように頬張る花ちゃんの姿は、幽霊と呼ぶにはあまりに生き生きとしている。  それ故か、この眼前の怪奇現象に対して危機感を今一感じきれておらず、それに慣れていくのが怖く思えてくるのだ。
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