冷堂霧慧は探偵である

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「…と、さっきも言ったけれど。基本的に探偵、とか言ってもそんなカッコいいものではないのよ」  肩をすくめて言うその姿に、私は意外だと受け止めていた。探偵という職の響きは、非日常を想起させて、それがカッコいい雰囲気を演出しているように思える。 「そうなんですか? とてもそうは見えないですけど…」 「まぁ、確かに語感はいいでしょう。ミステリーみたいな創作物じゃあ、けっこう何でもアリなキャラでしょ、探偵って」  探偵、というワードから私が連想できるのは、やはりパイプを吹かしているコートの英国人、というステレオタイプのそれだった。  加えて、事件解決のためなら文字通りなんでもやる、正義側じゃなかったら確実に社会不適合者のヤベーヤツ、というイメージが先立つ。 ──が、一方で完璧超人を演出しやすいためか、創作じゃイケメンが多い気がする。  ミステリアスさを纏う怪盗と対決する、イケメンVSイケメンも珍しくない。無論、私も大好物だ。 『そんなにヤベーキャラなの、探偵って?』 「そうでしょ。滝から落ちても死なないし、なんかスゴいガジェットいっぱい持ってるし。そのくせ妙に顔がいいヤツが多い。何処の国のスパイかって話よ」 …ちょっと。いや、確実に図星を突かれた。うぐっ、と思わず唸り声を出してしまったくらいには。 「わたしも所詮はただの人間よ。早押しクイズ感覚で真相を推理できないし、拝み屋でもないから、実際にお祓いが出来るわけでもないの」  やれやれ、といった吐息を漏らして、背凭れに深く寄りかかる霧慧さん。 「今日みたいに、人様に迷惑起こしてるヤツを見つけて、話を着けて、穏便に済ませる。パンピーの私にはその程度が関の山よ」  そう語る霧慧さんに向けて、はぁ、と曖昧な返事を送る。と、そこまで言い終えてから、彼女はふいに左手を伸ばす。 「…例えば、こんな風にね」  と、つい先程まで私に講釈していた霧慧さんは一瞬、ギロリと隣花ちゃんに目線を移し、彼女の伸ばす手を遮った。その指先には──、 「…ね?」 『──あっ、はい』 …そいつに手を出すな、というピリついた威圧感を受けて、おずおずと箱入りのスイーツから離れる花ちゃん。  穏便とは程遠い、威圧というか恫喝というか。穏やかさの欠片もない笑顔を見て、肩に力が籠ってしまう。 「…とまあ。わたしはまだ貴女の学校に用があるから。面倒に巻き込まれたら、連絡を頂戴?」  そう言って、テーブルに起きっぱなしだった名刺を裏返すと、連絡先が簡単に羅列されていた。 「まあ、わたしとしては連絡が来ないことを期待するけど」 …冗談混じりに放たれたその言葉に、私は少しだけ反論したくなった。けれど、何も言えずにその場は別れる。 …とぼとぼと帰路に着く私は、夜空を見上げながら、ふと今日の事を思い返していた。 ──鮮烈、という感想が正しいか。私は、冷堂霧慧という人物に、少なからず関心を抱いていた。  厭世家っぽい雰囲気を醸し出しながらも、私を助けてくれた、その立ち姿を。一瞬でも「美しい」といってしまった。
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