小鳥遊雲母は単純だった

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小鳥遊雲母は単純だった

 あのトイレ騒動から翌日。私はトイレに向かう度に唾を呑んでしまう程度には苦手意識を持ってしまった。  情報が溢れ返る今のご時世、大昔に聞くような学校の怪談みたいな目に遭うなんて、いったい誰が想像するものか。  これを貴重な体験だったと宣える前向きさは、生憎と私にはない。あったらもっと走馬灯が良いものになってる。 …やめよう。なんだか悲しくなってくる。がっくしと項垂れながら、移動教室帰りの廊下を往く。 『あ、タカナシちゃん。おっすおっす~』 ──突然のことだった。目の前の光景があまりに衝撃的だったために、情報の処理が遅れてやってくる。  声を掛けられて、肩を指で突っつかれ、いざ振り向いたら、満面の笑みをしたパッツン少女の顔が出迎えた。 「……」 ──普通、ここで笑いながら挨拶されれば、少なからず悪い気持ちにはならないだろう。ましてや相手は昨今レアな黒髪美少女だ。眼福極まる。 ──が、ここで問題なのは、そんなことじゃない。その可愛いお顔が、分厚い壁からひょっこりと飛び出ていたことだ。  物理的にあり得ない光景。おおよそ常識では図れない場面に遭遇すれば、反応はひとつだった。 「うひゃああっ!?」  素っ頓狂な声と一緒に、つるりと足を滑らせ尻餅を着き、持っていた教材一式を宙にバラ撒いてしまう。  トドメに奇声を上げた私へ向けられる、生徒たちの奇異の視線一斉射。流れるようなコンビネーションを受け、私のハートはズタボロである。 『…だ、大丈夫?』 「へ、平気。平気…」 …ゴメン、やっぱ泣きそう。逃げるようにその場を後にして、彼女と出会った場所…女子トイレに入り、辺りに誰もいないことを確かめる。 『いやぁ、急にゴメンね。呼び出して』  昨日と同じように、雪之丞花…花ちゃんはふわふわと地に足を着けず、無邪気な態度を崩さない。  一方の私としては、彼女に昨日の今日で驚かされてばっかりで面白くないのだ。だから、いつになく唇を尖らせて言う。 「何ですか。私、友だちとイケメン以外にはあんまり興味ないんだけど?」  少し刺のある態度だったかな、と花ちゃんの面持ちを窺う。  が、その懸念は外れたようで、寧ろどういうわけか期待に胸を膨らませてさえいた。 『ふーん、タカナシちゃんは面食いなんだ』 「…な、何よ。悪い?」 『ううん。別に。ここに集る子、大体似たような事言ってるし』  彼女は女子トイレをぐるりと見回して、さも当然のように言う。 …確かに、異性の立ち入らないスペースは、そういう話をするには丁度いい。不思議なことじゃない。 『…とと、脱線脱線。ちょっと待ってて』  そう言うと、花ちゃんは掃除用具入れの戸を開いて、中を物色する。 …そこは普段、鍵が掛かっている筈なのだが。この少女は指をちょいと振るだけで、ピッキングよりも容易くロックを開けてしまった。 …今、目の前の雪之丞花を名乗るこの少女が、人あらざるものだという実感を再認識させられた。
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