夫の転勤早々、町内会の班長に捕まる

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夫の転勤早々、町内会の班長に捕まる

冴草結菜は、今、激しく後悔している。引っ越し早々町内会の勧誘に遭ったからだ。話を4時間前に戻そう。 夫の転勤でまた新しい町へと引っ越してきた。これで何度目の転勤か、数えるのも嫌だ。 新しい町は地方都市の住宅街。 引っ越しの荷物の搬入後の片付けをしていると、二階建てアパートの外階段から人影が見えた。 「こんにちは。東城町3丁目町内会、班長の鈴木です」 夫の武は愛想笑いをしつつも、 「すみませんね、うちは短いスパンで転勤してるもので町内会はお断りしてるんですよ」 笑顔を作りつつハッキリとノーが言える夫が頼もしい。結菜も愛想笑いをしていると、 「それはおかしいですね。こちらのアパート、グランドール蓼科さんは入居条件に町内会への加入が義務づけられているはずですよ。アパート専用のゴミステーションがないから町内会のものを使用する。その代わりに入会は必須です。入居時の契約書をお読みになりました?」 鈴木さんは少し嫌味な口調に変わっていた。 結菜も夫の武も書類にきちんと目を通す方だ。入居時の契約書を車のダッシュボードから引っ張り出してきて、鈴木さんの前で広げてみる。 「変ね…。他の入居者さんのときは町内会加入必須ってちゃんと書いてありましたよ。嘘だと思うならお隣や下の部屋の方に聞いてごらんなさい。あなたたちだけ町内会費を免除されてると知ったらアパートの中でもご近所付き合いが気まずいと思うわよ」 「ハア…そうですか、確認してみます」 武と結菜が頭を下げると鈴木さんは帰っていった。 結菜が思い出したように言う。 「ねえ、グランドール蓼科の他にもうひとつ候補にしてた部屋があったよね?あそこは専用ゴミステーションがあった。不動産屋さんがもうひとつの候補と契約書取り違えてるんじゃない?」 武も同じことを思っていたようで、 「あり得るな。大体さ、分譲と賃貸両方やってる大手の不動産屋で、四十歳を過ぎても賃貸部門にいる社員なんて、営業が私は出来ませんって自己紹介してるようなものだから。契約書を、取り違えるような奴がいても不思議じゃない」 武が不動産屋に電話連絡をすると、担当した社員は書類をバサバサと引っ掻き回すような音をさせながら、 「申し訳ありません。グランドール蓼科は町内会加入必須の物件でした。他の物件と勘違いしていて、大変失礼いたしました」 仕事が出来ない不動産屋さんに当たったのが運のつき。仕方がないので今回だけは町内会に加入することにした。 結菜は班長の鈴木さんが置いていった連絡先のメモを見て電話をかけて、町内会加入の手順と会費を聞く。 翌日会費を持っていく約束をして電話を切った。
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