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エピローグ②
思い出した今も、記憶を失くす前も、いつだって、蓮司さんを信じてた。
悪意の揺さぶりになんて動じない思いは、彼と過ごす中でとっくに生まれていたんだ。
「俺のこと……これからも……」
断片的な言葉の続きは言わなくても知っていて……返す言葉も決まっている。
「はい。もちろん、大好き」
笑う私の体は、隙間なんてどこにもないくらい、一瞬で蓮司さんに埋め尽くされた。
彼の熱い体は、冷えていた私の体を春風のように包み込み満たしていく。
愛する人に愛される幸せを、今、私は全身全霊で感じている……。
そんな幸せの中、私はあることを思い出し大声を出した。
「蓮司さん!データは?データはどうなりました!?会社の……」
忘れていた!
会社の未来を左右する大事なことなのに!
「あ、ああ!心配ないよ。歩道橋から落ちた君が大切に抱えんでいたから」
「本当!?良かった……」
ほっとしたら全身の力が抜けた。
でもそんな私とは反対に、蓮司さんは眉根を寄せた。
「良くはない……まぁ、データは大事だよ?新薬のデータなんて流出したら損失はデカいからね。でも、すぐにどうこういうことはない。適切なルートで取り返すことも可能だ。それに大切なデータにはいくつかダミーがある」
「ダミー?偽物!?」
「そうだよ。今回盗まれたのは、ダミーの方だ」
「え、じゃあ、私がしたことは……全然意味がなかったと……?」
……愕然とした。
相島笙子と渡り合って、殺されかけてまで手に入れたデータがダミー……。
そんなのあまりに自分が情けない。
「そうじゃない。例えダミーと言えど本物そっくりに出来ているから、表に出るのは不味いんだ」
「うん……」
「だから、それが帰ってきたことは良かったんだよ」
じゃあ、満更役に立たなかった訳でもない……のかな?
と、ほっとしたのも束の間、鬼のように怖い顔の蓮司さんに見つめられ身がすくんだ。
「問題はそこじゃなくてね。いいかい、百合。君が俺のことを思って行動してくれたことはわかってる」
「はい……」
もう相槌を打つしかなくなって、私はじっと蓮司さんを見ていた。
「でもね。ちゃんと言うべきだったんだ。あの女から電話があったって……一人で判断せずに……」
「うん。でも……あれ?蓮司さん、全部知ってるの?」
もっと早く気付くべき疑問に、今、気付いた。
誰にも言っていない相島さんとのことを、どうして彼は知っているのか?
怒られているのにも関わらず、私はキョトンと蓮司さんを見つめた。
「君が事件に遭ったあと、家の電話の着信履歴を二宮に調べてもらった。その中で不審なものを探して徹底的に調べたんだ。すると、ある人物に辿り着いた」
「ある人物?」
「一色製薬の専務だよ。彼はずっと相島と愛人関係にあった。どうも相島は、専務の携帯を使ってうちにかけてきたようだ。今回のデータ盗難も研究部に侵入する時に使われたのは専務のIDだった。まぁ、彼は何も知らないって言ってたけどね」
次々出てくる驚愕の事実に、開いた口が塞がらない……。
愛人?専務?降って湧いた言葉に目を白黒させながら、私は必死で話についていった。
「相島は専務のIDを使って研究部に侵入してデータを盗んだ。その様子は監視カメラにしっかり写っていたよ」
なんだろう。
話がハリウッド映画のようになってきたけど……。
これ、現実?と、こっそり頬をつねってみたら普通に痛かった。
「そして……そのデータをエサに君に近付いた。俺や三国さんに対する復讐だったのかもな。俺が失くしたら一番悲しむ者を狙ったんだ!」
また蓮司さんが辛そうな顔をする。
でもすぐに毅然とした表情になり、私に尋ねた。
「百合。君は歩道橋から相島に突き落とされたんだろう?」
「う、うん。知ってたの?」
確かに落ちる瞬間彼女を見た。
不気味に笑っていた彼女を。
「ああ。通報してくれた歩道橋近くのカフェの店員が、店の前で掃除している時に、突き落とす相島と落とされる百合を見たそうだ。写真を見せて確認もとったよ」
「そうなんだ……」
「だから、二宮に連絡して協力を仰いだんだ。これは殺人未遂だから」
殺人未遂……。
そう言われて、ことの重大さに改めて気付いた。
私は殺されるかもしれなかったんだ。
そうしたら、もう2度と蓮司さんに会うことは出来なかった。
「蓮司さん、本当にごめんね。私、考えなしで……バカで……どんくさくて……」
「……それは言い過ぎだと思うけど……でも、これからは何でも相談すること!いいね?」
いつものように私の頭をポンポンと優しく叩き、蓮司さんは笑った。
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