其の弐 桃日絆希と篠懸才児のケース①

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其の弐 桃日絆希と篠懸才児のケース①

 やや古ぼけたビルの階段を上がると、いくつかのテナントがあった。周囲を見渡し、そのうちの1つに入る初老の男。  篠懸(すずかけ)探偵事務所。  木製のドアにかけられたプレートにはそう書かれていた。  中に入ると、見かけ30代程の若い男と制服を着た学生が何やら話し込んでいた。事務所に入ってきた初老の男を見るなり、男は丁寧に挨拶をすると部屋の中央にあるソファに座るよう促した。  入口側のソファに初老の男が座り、テーブルを挟んで対面の椅子に若い男が腰掛ける。自身の名刺を渡し、自己紹介をする若い男。その間に学生はコーヒーを淹れ、各人の目の前に置いた。 「それで、本日はどのようなご用件で?」  若い男の方が話を切り出す。初老の男はしばし沈黙を守った後、重たい口を開いた。 「"蠱毒な少年"という言葉に聞き覚えはありませんか?」 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 「絆希(きずき)!! 今日帰りにカフェ寄ってかない?」 「残念! 今日はバイトの日です!」 「なに~! 学生の分際でバイトなんかしてる悪い奴はこうだ!!」 「いやっ、ちょ、あはははは! くすぐらないでぇ~!」  放課後。空はすっかり茜色に染まり、次第に夜が近づいてくる。少し肌寒い季節になってきた。そろそろタイツでも履こうかな。  同学年の友達とバカなやり取りをした後、バイト先のコンビニに向かう私こと桃日絆希(ももひきずき)十七歳高校二年生には、とにかくお金が必要だった___。 ◇ 「ありがとうございましたー! またお越しくださいませー!」  お客さんにレシートとお釣りを手渡して、景気よく挨拶する。もう何百回と繰り返してきた工程だ。店内の時計を見ると、そろそろ十時になろうとしていた。 「絆希ちゃん! お疲れ様! ぼちぼち上がっていいよ!」 「はーい! お疲れ様でした!」  ロッカールームで着替えを済ませてコンビニを出ると、駐車場に見覚えのある車が停まっていた。お父さんの車だ。向こうも私に気付いたようで、窓を開けて手を振ってきた。 「お疲れ様! 今日は変わりなかったか?」 「うん! いつも通りだったよ!」 「そうかそうか、それは何よりだ」  私が助手席に乗り込むと、お父さんは車を発進させた。このやりとりも、もう何十回としてきた。 「お父さん、わざわざ迎えに来なくても、わたし一人で帰れるよ」 「いやいや、お父さんもちょうど仕事帰りだったんだ」 「嘘ばっか! それ部屋着じゃ~ん!」 「おお! 絆希もやるようになったな!」 「フフッ、何それ」  お父さんは冗談めかしたことを言っているが、バイト先から私の家は徒歩で十五分くらいなので、かなり近い。それでも、お父さんは必ず私を迎えに来てくれた。 「こんな時間だしな…。お父さんは心配なんだよ。絆希の事が。分かってくれ」 「うん。分かってるよ。いつもありがとね」  少し照れくさくなって俯く。顔赤くなってないかな? 横目でお父さんの方を見ると、すました顔をしていた。けど、私にはわかる。お父さんも絶対に照れてる。 ◇  ご飯とお風呂を済ませて部屋に戻った私は、机に座ってノートを開いた。このノートには、私が今までに稼いだ金額を記録している。今日のバイトを合わせると………合計で二十七万三千四百円。ひとまずの目標の三十万まで、あと少し。 「よし! これからも頑張ろう!」  決意を新たにしていると、ドアがノックされた。 「絆希、少しいいかな?」  お父さんの声だった。はーいと返事をするとお父さんは部屋に入り、ドアを閉めた。 「どうしたの?」 「前々から言おうと思ってたんだが…お金が必要なら、お父さんとお母さんに相談してくれればいいんだぞ」  私は首を横に振った。 「それはダメ。このお金はわたしが自分の為に使うものだから、お父さんとお母さんには頼っちゃいけないの」 「じゃあせめて、何に使うかだけでも教えてくれないか?お父さんに言いにくかったらお母さんにでもいい」 「それは...ごめん。出来ない。多分反対されると思うから」  困ったような、不安そうな顔をするお父さん。私を心配してくれているのは百も承知だ。何かに巻き込まれているのではないか、と。多分そう思っている。  そうじゃない。これは、私が自分で決めたこと。それをお父さんにちゃんと伝えないといけない。私はでも、と付け加える。 「悪いことには使わない。絶対。約束する。だからわたしを信じて欲しいの」  真剣な眼差しでそう宣言する。お父さんはそうか、とだけ言うと少し考え事をしてからこう言った。 「絆希は今のままでも十分可愛いと思うぞ?」 「いや整形じゃないから!?」  お父さんは、はははと笑うと部屋を出て行った。そんな風に見られてたのか、自信なくすなぁ。冗談はさておいて、再びノートの方に向き直る。これだけあれば、一旦することくらいは出来るかもしれない。  私には、絶対に果たさなければならない事がある。そしてそれは、私一人の力では難しい。誰かの協力が必要だった。これはその為に使うお金だ。 「想代香(そよか)…」  友人の名を呟く。 「私が必ず、あなたが死んだ理由を見つけてみせるから」
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