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其の弐 桃日絆希と篠懸才児のケース②
私の親友、白粉想代香が亡くなったのは、今年の春先の事だった。彼女が好んで行っていた公園で倒れている所を発見された頃には、既に息を引き取っていたという。
想代香の遺体には、胸の辺りにぽっかりと穴があいていた。まるでその命と共に心まで奪われたかのように。
警察は殺人事件として捜査していたが、目撃者がいない事と、凶器が見つかっていない事から捜査は難航し、今も犯人は見つかっていない。私も警察の人と話をして犯人探しに協力したが、未だに進展はない。
諦めかけていた私に、ある人がこう言ってくれた。想代香が死んだ理由は、私が生きて見つけるしかないのだ、と。その言葉に奮い立った私は、今こうしてお金を貯めている。私に足りない力を補ってくれる協力者を探すために。
◇
「申し訳ありませんが、そのような依頼はお受け出来かねます」
「そんな...。お金なら何とかします!」
「お金の問題ではありません。そもそも、それは警察の仕事ですし、警察が解明できていない事件の捜査など我々の力の及ぶところではありません」
「そこを何とか…」
「無理なものは、無理です。そもそも、あなたは未成年でしょう。未成年からの依頼は親御さんの了承が必要です」
「………」
「我々の仕事は何でも屋のようなイメージがありますが、実際に出来ることは限られています。ご理解いただけたなら、お引き取りを」
私は事務所から出ると、がっくりと肩を落とした。これでもう五件目だ。ある程度お金が貯まってきたので、私は協力してくれる人探しを始めていた。
ネットで探偵事務所を調べ、評判の良いところから順に回っていったが、その結果は散々だった。ある事務所では、学生の冷やかしと思われて門前払いを喰らった。先程の事務所などは、まだ愛想よくしてくれた方だ。
私が抱える問題は多い。まず、私が未成年であること。その時点で、まあまともに取り合ってはくれない。次に、お金の問題だ。貯金の目標を三十万に設定していたのはそのくらいが相場と聞いていたからなのだが、聞いた話では到底足りそうにない。
「ああ、想代香...。わたしにはまだ早いという事なの?」
空を見上げて呆然と立ち尽くす私。私が社会に大人として認められるようになるまで、あと二年と九ヶ月もある。それまで待っていたら、想代香の事はきっと風化してしまうだろう。今しかない。私は今この瞬間を生きているのだから!
私は探偵事務所廻りを再開した。
◇
すっかり日も落ち、夕暮れにさしかかった頃。
私は相変わらず肩を落としたままだった。いや、最早肩が地面に着きそうなほどうなだれている。結局、収穫はほぼ無かった。さすがに疲れてしまった私は、とうとう帰路に付いたのだった。その足音にはとぼとぼという効果音が付いてるに違いない。
「あんまり遅くなるとお父さんがまた心配するし、今日はもう疲れました」
「次は隣町まで行ってみよ...」
誰ともなく呟く。それでも、私は諦めない。必ず想代香の死の理由を突き止めてみせる。それには、やはり大人の力が必要だ。今回の探偵事務所廻りでそれが分かっただけでも、一つ収穫だとしよう。
力なく歩く私が煤けたビルの横を通り過ぎた時、視界の端にこんな文字が映った。「___探偵事務所」。ん? んん!?
私は少し戻ってそのビルを再確認する。そこはどう見ても居酒屋だった。しかし、よく見ると一階が居酒屋で、その上の階にいくつかテナントがあるようなビルだった。そこに、確かにこう書かれていた。
"お悩みの方はご相談を___篠懸探偵事務所 二階"
「しの...けん探偵事務所? こんなところに探偵事務所があったなんて」
そこは、友達と出かけるときによく通る場所で、私の家からもそう遠くなかった。興味がなければ、意外とこういうものには気付かないものだ。夜になるまでまだ時間はある。今日はここを最後にしよう、そう決めて階段に足をかけた。
ビルの横の階段を上がり切って2階に入ると、私は思わず眉をひそめた。埃っぽい。すごく埃っぽい。いくつかお店が見えるが、人気はまるでなかった。これは、もしかしたらもうやっていないかも。
奥の方に進んでいくと、目的の場所を見つけた。木でできた高級そうなドアに、「篠懸探偵事務所」と書かれたプレートがかけてある。間違いない、ここだ。
私はごくりと生唾を飲み込むと、意を決してそのドアをノックした。
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