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其の弐 桃日絆希と篠懸才児のケース④
「どうぞ」
俺はドアの向こうの相手に入るよう促す。すると、ゆっくりとドアが開き………おずおずと入ってきたのはガキだった。少々落ち着いた格好はしているが、どう見ても高校生くらいのガキが、一体何の用でここに来たのか。道に迷ったのか?
「あー、失礼。君はここがどういう処か分かって入ってきたのか?」
「は、はい! 探偵事務所ですよね?」
どういう場所かは理解しているらしい。続けて尋ねる。
「そう、探偵事務所。それで、どうしてここに来たのか聞いてもいいかな?」
「あ、あの! 依頼したいことがありゅ、ありまして!」
出たよ。たまにこういう手合いが来たりする。探偵という言葉に一種の憧れのようなものを持っているのか、年端もいかない子供が一丁前に俺に依頼したいと抜かしてきやがる。一応話は聞いてやるが、カレシの浮気がどうこうとか、同級生の男女の仲がアヤシイだの、半ば悩み相談のようなものを持ちかけて来る。そういう奴には、相談料金をふっかけてやるようにしている。話すだけならタダだと思い込んでいたガキがすっ飛んで逃げていく様は、中々に愉快だったりする。
さて、目の前にいるこの少女はどうか。先程緊張で噛んだ事を気にしているのか、赤面し俯いている。そこをからかうのは流石に勘弁してやろう。
「分かった。ひとまず話を聞こう。そこにかけてくれ」
入口側のソファに座るよう促すと、少女は借りてきた猫のようにちょこんと座った。このままだと話しづらいな。少し緊張をほぐしてやろう。
「そんなに緊張しなくてもいい。君くらいの年代の子が来ることも偶にある」
「ほ、本当ですか!?」
少女は目を輝かせてこちらを見てくる。あぁ、本当だよ。依頼を受けてやったことは一度もないがな。
「ああ、本当だ。自己紹介が遅れたが、俺はこういうものだ」
胸ポケットから名刺を取り出し、少女に手渡す。少女はそれをおずおずと受け取り、まじまじと眺める。多分、名刺というものを見るのも初めてなんだろう。いちいちおっかなびっくりしている少女の様子は、少し新鮮で面白かった。
「名刺に書いてあるように、俺がこの探偵事務所の所長、篠懸才児だ。次は君の事を聞かせてもらってもいいかな? 名前とか、年齢とか」
「はい! 名前は桃日絆希です。年齢は………」
「正直に言ってくれたらいい」
「十七歳です。高校二年生です」
「なるほど、悩みが多い年頃だね。俺もそれくらいの時はそうだったよ」
「そうなんですか! 意外です!」
その"意外"ってのはどういう意味だ。大人しいかと思ったら"意外"と失礼なヤツだな。
「そう見えるかな?」
「はい! なんというか、すごく落ち着いていらっしゃるので、クールな方なのかと。今も私を落ち着かせようとしてくれていますよね?」
ほう。ちゃんと会話の意図を理解しているようだ。その辺に頭が回るようになったという事は、この少女も落ち着いてきたという証でもある。そろそろ本題に入っても良さそうだ。
「そうだね。じゃあ、そろそろ本題に入ってもいいかな?」
「はい、大丈夫です」
「君は、私に何を依頼しに来たのかな?」
さて、どんな依頼内容が飛び出してくるか。少女は俯き、少し間を開けてそれを告げた。
「私の、私の親友がどうして死んだのか、一緒に調べて貰いたいんです」
随分と穏やかじゃない話だ。どうして死んだとは、直接的な死の原因か、もっと概念的な事なのか。もう少し話を聞く必要があった。
「すまない、いくつか確認させてくれ。まずその友人は、何かの事故や事件に巻き込まれて亡くなったのか? それとも自ら死を選んだ、とかなのか?」
「前者です」
「事故の方か?」
「いえ、事件の方です」
「その犯人は?」
「まだ捕まっていません」
「つまり、俺とその友人を殺害した犯人を探して欲しいと、そういうことか?」
そこまで言うと、少女は大きく頷いた。俺を見つめる瞳には、強い意思を感じる。参ったな。まさか高校生のガキからこんな依頼が来るとは。
結論から言うと、それは無理だ。警察という"組織"でも見つけられなかったものを、俺という"個人"がどうこうできることはまず、ない。
だが、ここはあえて依頼を受ける"フリ"をする。
「…分かった。いいだろう」
「ほ、本当ですか!?」
「ただし」
その後に、こう付け加えた。
「ただし、前金で三十万、依頼が成功したら追加で百万、失敗してもその半分と経費分は支払ってもらう」
俺の無茶苦茶な要求を聞いた少女は、目を見開いて驚きの表情を浮かべた後、押し黙った。
この少女には言葉のごまかしは効かないと思った俺は、具体的な金額で黙らせる事にした。高校生には重すぎる金額だ。ここまで言えば、流石に諦めざるを得ないだろう。
そう思った矢先、少女は口を開いた。
「分かりました。それで構いません」
……は? 今こいつなんて言った?
「必ずお支払いします。だから私の依頼を受けてください」
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