其の弐 桃日絆希と篠懸才児のケース⑧

1/1

18人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ

其の弐 桃日絆希と篠懸才児のケース⑧

俺がまず向かったのは市立図書館だった。  このタイミングで、一つ確認しておくべき事があった。それは、俺の依頼主、だ。  彼女は、一年ほど前に男子高校生に暴行され病院で精神的なケアを受けていたと言っていた。それが本当に、過去の新聞等で確認する必要があると思ったのだ。  別に彼女の言い分を信じていない訳ではない。だが、人間の"主観"というものは、得てして真実を曲げる場合がある。それは当人の無意識の思い込みだったり、後ろめたさだったりするのだが、ともかく人間の主観が混じった情報はあまり当てにしないようにしている。  "客観"的事実、そして自分の足で仕入れた情報が、結局は一番頼りになる。これは、今までの探偵業で学んだ教訓だ。 (内容が内容だけに、本人に直接聞くのは気が引けるしな)  あの少女が病院へ通い始めたのが大体一年前との事だったので、そこから(さかのぼ)って調べてみることにした。 ◇ 「あったぞ。これか」  作業を始めてから二時間程でその記事を見つけた。被害者、加害者共に未成年のため名前は伏せられているが、確かに男子高校生五人が、当時高校一年生の女子生徒を暴行したと書かれている。時期も大体一致する。 (あいつが言っていた通りの内容だな。そして、この加害者の男子高校生の人数と、不審死事件の被害者の人数は一致する。やはり、不審死事件のターゲットは無作為でなくという事で間違いなさそうだな)  二つの不審死事件の関係性と大枠は見えてきた。だが、その中身がすっぽりと抜け落ちている。犯人はどうやって何の痕跡も残さず"それ"を為したのか。  持参していたノートを開き、男子高校生の事件について改めて見返してみる。彼らは同じ場所で同時に殺害され、皆身元の特定が出来ない程の無残な姿で発見されたという。  高校生とはいえ、複数の男を相手にしてそこまで一方的に虐殺(ぎゃくさつ)出来るものだろうか。とても人間の所業(しょぎょう)とは思えない。事件の規模から考えると犯人は単独ではなく集団なのかもしれないが、それならもっと目撃証言なり証拠なりがあってもいいだろう。  現実では不可能な事を為す存在。そういうものに、思い当たる節が。しかし、その可能性を考えるのは早計だ。 (場合によっては、を頼るか...。しかしまだ足りない情報が多い。次を当たろう)  俺は図書館を後にし、次の行動を開始した。 ◇ 「事前にお話させていただいていましたが、改めて。私はこういう者です」  俺が名刺を差し出すと、その教員は(いぶか)しげに俺と名刺を交互に見返した。ここは、殺害された五人の男子高校生が通っていた学校だ。彼らが死亡する前後で何か異変や異常が無かったか聞き込みをするため、事前にアポを取っていた。  教員や生徒の事情もあり、こうして実際に話を聞けるようになったのは、図書館で調べ物をしてから数日後の事だった。 「話はお伺いしておりましたが...。探偵っていうのは警察官とか、新聞記者なんかに(ふん)して調査をするものだと思っていましたよ」 「昔はそういった事もしていたようですが、今時は法律で禁止されていますので。まあ、信用の問題です」 「はあ...。それで、あの不良達…、あっ、失礼。うちの生徒が被害にあった事件について聞かせて欲しいとの事でしたか」 「はい。事件の前後で、何か変わった様子はありませんでしたか?」 「変わったことと言っても………ここだけの話ですが、彼らはあまり素行が良くなく、学校をサボることもしょっちゅうでした。ただ担任の私から見て、特別変わった様子はありませんでしたね」 「そうですか。先生から見て、何か思い当たる節はありませんか?」 「いやぁ~、警察の方にもお話したんですけど、全く心当たりはありませんねぇ」  この教員、さっきからチラチラ時計を確認してやがる。その行動からはという心の内が察せられる。この教員から聞けることは少ないと悟った俺は、事前にお願いしていたもう一つの件を切り出した。 「では、今度は生徒さんの方に話を聞かせていただいても?」 「ええ、構いませんよ。呼んできますので少々お待ち下さい」  応接室を出た教員は、一人の男子生徒を連れて来た。何でも、殺害された男子高校生達と仲の良かった子だという。  男子生徒は部屋に入るなり俺の対面のソファにどかっと座った。なるほど、素行が悪いのも同じらしい。 「先生、少し込み入った話がしたいので、彼と二人で話しても良いですか?」 「えぇ、構いませんよ。話が終わったらまた受付に声をかけて下さい」  教員はそう言うと、そそくさとその場を後にした。余程仕事が残っているのか、この場に居たくないのか。そんな事を考えていると、男子生徒の方から声をかけてきた。 「あんた、探偵なんだってな。俺に何の用だよ」 「単刀直入に聞かせてもらおうか。半年程前にあった事件で君のお友達が殺害される前、何か変わった事は無かったか?」 「たん...? 何だって? 俺は見ての通りアホなんだから、難しい言葉は使わないでくれよ。おっさん」 「そいつは失礼した。君の友達が殺される前に、何か変わったことは無かったか?」 「変わったことねぇ...。別に、いつも通りだったな。その日はたまり場で酒盛りするってんで、むしろテンションアガってたな、あいつら」 「そうか。ちなみに、事件があった時君は何をしていたんだ?」 「何って、普通に寝てたよ。夜中だったしな。………ん? いや、そういえば」  男子生徒はそこまで言うと、何かを思い出したような素振りを見せた。そして、俺の方を見てニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。 「何か思い出したのか!?」 「まあまあ落ち着けよ、おっさん」  男子生徒は右手の手のひらを上に向け、その手をひらひらと上下に振った。………成程な。最近のガキは随分とマセていやがる。そのサインの意味を理解した俺は、懐の財布から五千円札を取り出して男子生徒の手に握らせた。 「さすが!! 話が分かるねぇ!!」 「それで、何か思い出したのか?」 「あぁ。ちょうどその日の深夜に殺されたヤツの一人から電話がかかって来たんだ。相当慌ててたんだろうな。ほとんど何言ってるか分かんなかった。けど…」 「けど?」 「そいつ、こう言ったんだ。"白い髪の子供が来る"って。それっきりで電話は切れちまったもんだから、酔ったついでの悪ふざけかと思ってたよ」 「"白い髪の子供"? 最近はそういうのが流行ってるのか?」 「知らねぇよ。これ以上は話すことはないぜ」 「ああ、分かった。協力ありがとう」  男子生徒は気怠(けだる)げに応接室を出て行った。俺もそれに続くように受付に(ことづ)けて学校を後にする。 "白い髪の子供"。このキーワードが何を意味するのかは、今はまだ分からない。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加