其の弐 桃日絆希と篠懸才児のケース⑮

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其の弐 桃日絆希と篠懸才児のケース⑮

「ま、間違いないんですね!?」 「ああ、まことに信じ難い事じゃが。今からお前に"あるモノ"を見せる。これは、絶対に口外してはならない。複製も禁止じゃ。才児、わしについてこい」  そう言うと、先生は立ち上がり部屋の奥へと向かう。ついにここまで来たか。俺は覚悟を決め、先生の後に続く。先生は"資料室"と書かれたプレートがかけられた分厚い扉の前に立つと、ポケットから鍵束を取り出し、扉の鍵穴に差し込む。カチャリ、と小気味よい音と共に、鈍重な扉がゆっくりと開かれる。  資料室の中は、十畳程のスペースにこれまた膨大な数の古紙やファイルが敷き詰められていた。鼻をつく埃とカビの生えた紙の臭いに、思わず顔をしかめる。 「ここは、わしの研究室でも特別管理が必要な書類を集めておる。ほれ、こっちじゃ。ここに座れ」  そこには、木で出来た長机と鉄パイプの椅子が二つ並べられていた。机の上にはモニターとDVDプレイヤーが接続されている。俺は先生に促されるままにパイプ椅子の一つに座る。彼は、俺に何を見せようとしているんだ...? 「いいか、これから見せるものはとある映像じゃ。入手先は言えんが、確かな筋からのものと言っておこう」 「映像…そこに"蠱毒な少年"が写っているのか?」 「それは見れば解る」  先生は資料室の隅にある金庫の鍵を空け、一枚のDVDを取り出した。ただでさえ鍵がかかっている部屋の、鍵付きの金庫に入れられた"モノ"。一体どれほどヤバいものなのか、最早想像すらつかない。 「先生、先にどんな映像なのか教えてもらっても?」 「ああ、そうじゃな。このDVDに写っているのは………じゃ」 「人死に…! スナッフビデオか!?」 「いや、そうではない。じゃが、見る人間に相当なショックを与えるものであることは、間違いないじゃろう。やめておくというのなら今のうちじゃぞ」  ゴクリ、と意図せず生唾を飲み込んでいることに気付く。人が死ぬ瞬間が写っているというDVD。ここまで厳重に保管してあるモノであるということからして、間違いなく"本物"の映像だろう。  背筋に冷たい汗が流れ、全身に鳥肌が立っているのを感じる。自分の中で未知に対する恐怖と、先程の決意の天秤が揺れ動く。俺は大きく深呼吸して息を整えると、先生に向かってこう言い放った。 「ここまで来て見ずに帰った日にゃ、夜も眠れないぜ! 賢爺(けんじい)!」  (まさ)ったのは決意の天秤の方だった。先生は俺の言葉を聞くと、うっすらと笑みを浮かべた。 「お前ならそう言うと思っておったよ。しかし、言葉遣いが段々昔に戻ってきておるぞ、才坊(さいぼう)」 「そんな事はいいから、早く見せてくれよ」 「よし。覚悟はいいな。再生するぞ」  賢爺がプレイヤーにディスクをセットすると、甲高い機械音と共にモニターに映像が映し出された。これは………監視カメラの映像のようだな。  そこには、コンクリート製の床、壁、柱が上から見下ろすような形で映されていた。柱と柱の間に車が数台停められている事から、そこが駐車場だと分かる。 「賢爺、状況は分かった。一時停止はいいから再生してくれ」 「もうしておるよ。ただ映像に動きがないだけじゃ。もう少し待っとれ」  暫く静止画のような映像を眺めていると、相変わらず動きは無いが何か音がする事に気付いた。  トットットッ、トットットッ...。  規則正しいリズムで聞こえる音は、徐々にその大きさを増していく。  タッタッタッ、タッタッタッ…ダダダダダダダダッ!!!  その音の正体が画面に姿を現した。人だ。成人した男性と思しき人物が、映像の中に走り込んできたのだ。先程までの規則正しい音は、その男性の足音だったのだと気付く。 『チクショウ!!! ○×□△○……!!!』  映像に入り込んできた男性は、相当に焦っているのか言葉にならない声で喚き散らしている。 『お前……○×□△○!! 一体○×□△○!?』  ところどころ聞き取れないが、男性は画面の外にいる"何か"に向かって指を差しながら叫んでいる様子だ。 「賢爺、これは…」 「まて、本番はここからじゃ」  賢爺がそう言ったのも束の間、突如画面から凄まじい悲鳴が鳴り響いた。 『ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』  先程まで何やら(わめ)いていた男性が、突如悶え苦しんでいる。しかし、その周りには何も変わった様子は無い。男性はただ一人で突っ立ったまま、勝手に苦しみ叫んでいるのだ。  その様子に背筋が凍るような寒気を覚えたが、映像はここから更に苛烈(かれつ)さを増していく。 「これは...! そんな莫迦(ばか)な!!」  俺はその光景に叫ばざるをえなかった。男性は、相変わらず棒立ちのまま身悶えして苦しんでいる。だが、その体が、のだ。まるで、巨大な手に掴まれて持ち上げられているかの様に!! 『ああ、ぐふうううう、やっ、やめてくれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!』  男性は必死に制止を求めるが、その体はとうとう二~三メートル上空まで浮いていた。そして、ついには。 『あっ、がああ、ぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいィィィ!!!』  激しい断末魔と共に、男性の体はぐしゃぐしゃに折れ曲がった。鮮血の雨が飛散し、コンクリートにしたたかに打ち付けられる。宙に浮かんでいた男性の体は重力に従いべちゃりと落下した後、二度と動くことはなかった。  俺は、思わず口に手を当てる。これは、凄まじい映像だ。厳重に保管されている意味も、よく分かる。常識では到底起こりえない現象が撮されたこの映像は、決して世に出てはならないものだ。あまりの映像の衝撃に絶句している俺に、賢爺が声をかけてくる。 「か、才坊」 「ああ、凄まじい映像だったよ。人があんな風に死ぬなんて...」 「………やはりようじゃな。わしも最初はそうじゃった。無理もない」 「…は? どういうことだ、賢爺?」 「少し巻き戻すぞ。ここじゃ、映像を止めるぞ。よぅく見てみい」  賢爺が止めたのは、男性の体から鮮血が飛散し、雨のように降り注いでいるシーンだった。そして、賢爺が指差す部分を、俺は見てしまった。  胃から喉を通り熱く粘ついたものが一気にせり上がってくる。俺は口を押さえ、それを必死に飲み込む。 「ウッ!! ガハッ!! ゲホゲホ!!!」 「おお、よく我慢したな。わしは最初見た時思わず吐いてしまったぞ」  賢爺は俺にペットボトルに入った水を差し出してくれた。俺がこうなることを予想していたんだろう。それをひったくると、一息に飲み干した。 「はあっ、はあっ、助かったよ、賢爺」 「礼には及ばんよ。の」  俺はもう一度、モニターを見返す。男性の体がひしゃげ、血の雨が降り注ぐ刹那の瞬間。真紅に染まった画面の隙間を縫うように。  真っ白な髪をした少年が、画面越しにこちらを覗いていた。
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