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白い追憶 野乃花のケース①
深夜。
昼間の雑踏が嘘のように静まり返った病院の一室で、一人の少女が目を覚ました。見かけ高校生ほどの少女はゆっくりと半身を起こすと、その身を震わせた。開け放たれた窓からは、冬の凍える風が吹き付ける。
ふと、窓の方に目を向ける少女。穏やかに差し込む月明かりは、そこにあるはずのないシルエットを浮かび上がらせた。
少年だ。髪が真っ白な少年が、まるでその窓から入ってきたかのように、少女の枕元に立っている。
少女は少し驚いたものの、取り乱す様子はなく、少年に語りかけた。
「そっか、君がそうだったんだね」
少女は淡く微笑む。
「野乃花は、君のような存在を、ずっと待ってたの」
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ゴーン...ゴーン...
新たな年の幕開けを告げる鐘が、境内に響き渡る。今日は一月一日。夜の零時を過ぎているにも関わらす、初詣に来る人は後を絶たない。かくいう私もそのうちの一人で、今日は母と一緒にこの神社に来ていた。
家族連れやカップル、老夫婦。すれ違う人たちの顔は、未来への希望や明るさに満ち溢れている。皆、どんなお願い事をするのかな。やっぱり、安全第一、とか健康祈願、とかが多いのかな? とりとめもないことを考えていると、母から声をかけられた。
「野乃花は、もう何をお願いをするか決めた?」
「うん。野乃花は、みんなが幸せになれますようにってお願いするよ」
「そう...。野乃花は優しい子ね」
「そんなことないよ、お母さん」
母と話しながら本殿に向かって進んでいく。その最中、周囲の人達の目線が私の方に向けられる。それは決して心地の良いものでなく、ただでさえ人が多いのにどうしてわざわざ、という声が聞こえはしないけれど伝わってきた。
なぜ私がそのような目線を向けられているのか。それは、私が両の足で歩いているのではなく、車椅子を使っているからだ。人がごった返している中、車椅子が通るのにはそれなりのスペースを開けてもらわなければならない。今の私の体では仕方のない事ではあるのだが、やはり申し訳ない気持ちになってしまう。
「野乃花、本殿に着いたわよ。はい、お賽銭」
「うん、ありがとうお母さん」
大きなしめ縄が飾られたご立派な本殿様を前にすると、自分も、自分の抱える病気さえも、ちっぽけなものに思えた。お賽銭箱に少し多めのお金を投げ入れて、深くお祈りする。
ああ、神様。どうか、どうか。こんな私を支えてくれるみんなが、幸せになれますように...。
◇
「野乃花ちゃん、採血のお時間ですよ~」
「はーい」
寝巻きの袖を捲りあげ、看護師さんに腕を差し出す。最初は苦手だった注射も、今ではすっかり慣れたものだ。
「はい、ありがとうね! 痛くなかった?」
「はい。相変わらずお上手ですね、阿瀬比さん」
「あら、嬉しいわ! 注射をして褒めてくれるのなんて、野乃花ちゃんだけよ~」
看護師の阿瀬比さんは、そう言ってわっはっはと笑った。その明るさに、つられて私も笑ってしまう。彼女は私がここに入院してからもうずっと面倒を見てくれている。かれこれ五年くらいのつきあいになるだろうか。母と同じくらいの年代という事もあってか、私を実の娘のように可愛がってくれている。
「今日は体調、良さそう?」
「はい、最近何だか調子がいいです。初詣の時に神様にお祈りしたからかも」
「そうね、きっとそうに違いないわ! ちょっと寒いけど、今日は晴れてるからお散歩でもしてらっしゃい。ずっとお部屋にこもっていても、元気は出ないわ!」
阿瀬比さんはまたわっはっはと笑って病室を出て行った。確かに今日はいいお天気だし、少しくらいなら歩いても大丈夫そう。私は、寝巻きの上にカーディガンを羽織って病院の外へ歩みを進めた。
自動ドアから外へ出ると、少し冷えるけれどお日様の日差しもあってかそこまで寒くはなく、絶好のお散歩日よりだった。一歩、また一歩、地面を踏みしめる感触を味わいながら、病院の庭をぐるりと回る。
少し開けた場所に出ると、落ち葉と木の幹が茶色く彩る少し物悲しい景色が目に映った。どこか哀愁を漂わせるその風景も、私は愛おしいと思えた。この木々達は、これでもちゃんと生きている。そして、夏には緑が生い茂り花々が咲き誇る美しい姿を見せるのだ。
私もまた、彼らと同じなのだと信じたい。
私は、自分の病気についてあまり詳しくは知らない。多分、聞いてもわからないと思う。ざっくり言うと、私の病気は呼吸器に関わるもので、過度の運動やストレスにより発作が起こって呼吸が困難になる、というものだ。数百万人に一人しか発症せず、事例も少ないためまだ治療法が確立されていない。
いわゆる、"不治の病"というものに該当する。
ただし、安静にしていれば生きていくのに問題はないため、入院して体調を保ちながら治療法が確立されるのを待つ、といった状況が続いている。ちなみに、私は高校生なので一応学校に所属している。体調の良い日などは、授業を受けることも許してもらえるので嬉しい。
自分を産んでくれた両親を恨むつもりはないけど、普通の体に生まれたらどんな人生が待っていたんだろうか、と思う時はある。ああ、いけない。せっかく散歩に来たのに暗くなっちゃってる。
気分を変えるために、広場のベンチに腰掛ける。さんさんと暖かい日差しを浴びると、心もぽかぽかと暖かくなっていく。ああ、光合成って大事だなぁ。
しばらくそうしていると、背後に何かの気配を感じた。ふとそちらを見ると、少年が立っていた。見た目は十才くらいだろうか。この季節なのに半袖のTシャツと半パン、しかも裸足ときたものだ。迷子の子かな? それにしても、珍しい容姿をしている。
まだ子供なのに、髪の毛が真っ白だなんて。
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