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白い追憶 野乃花のケース②
「ボク、どうしたの?」
ベンチに座ったまま、できる限り少年と目線の高さ合わせるように身を屈めて尋ねる。少年は、俯いたまま何も言わず、ただただ立ち尽くしている。やはり、迷子になったのだろうか。
「お父さんとお母さんは?」
続けて尋ねるも、少年は何も言わない。困ったな。どうしたものか。取り敢えずそのまま立たせているのもどうかと思ったので、私が座っているベンチの横の空いているスペースに座らせてあげる事にした。
「ここにお座り? ほら、ここ。大丈夫、怖くないよ」
ぽんぽん、とベンチの空いているところを軽く叩く。少年はそんな私の様子をじいっと見つめた後、トコトコと歩いてきて私の横に座った。良かった。ちゃんと意思疎通はできるみたいだ。少年は相変わらず俯いたまま、浮いている足をぶらりぶらりと揺らして遊んでいる。
「そんな格好で寒くないの?」
そう言いつつ、少年の肌が露出した腕に軽く触れてみる。びっくりするほど冷たい。まるで冷蔵庫から取り出したばかりのお肉に触っているかのような冷たさだ。当の少年は全くそんな素振りを見せていないが、このままでは風邪をひいてしまう。
「このままじゃ風邪を引いちゃうよ。はい、これを着て。ちょっとは暖かくなるから」
私は自分の羽織っていたカーディガンを少年に着せた。少年はその行動の意味を理解しているのかしていないのか、じいっと私の顔を見つめていた。
長く真っ白い前髪の隙間から、くりくりとした真っ黒な瞳が覗く。子供にしては顔立ちがはっきりしている。綺麗な子だ。もしかしたら、日本人じゃないのかも。だとしたら言葉がイマイチ通じないのも納得がいく。
しかし、どうしたものだろうか。少年は私の事などまるで気にしていないようで、また足をぶらりぶらりと揺らしている。自分から声をかけた手前、放っておくわけにもいかないしなぁ。
そう思っていると、少し遠くに顔見知りの看護師さんの姿を見つけた。ちょうどいい、あの人にこの子を見てもらうことにしよう。
「ちょっと待っててね」
伝わるかどうかは分からなかったが、とりあえず少年に言葉をかけて看護師さんの方へ駆けていった。
「あら、野乃花ちゃん。こんにちは。そんなに慌ててどうしたの?」
「はぁ、はぁっ、ええっと、迷子らしき子供を見つけたので、ご連絡しようと思いまして」
「あら、ほんとに。それで、その子供はどこにいるの?」
「あそこです。あのベンチに………あれ?」
私が指差した方には、ベンチが一つ寂しそうに佇んでいるのみで、先程の少年は姿を消していた。
「私には見えないみたいだけど、あそこにいるの?」
「野乃花にも…見えませんね。どこかに行っちゃったみたいです」
「それ...本当に生身の子供だったのかなぁ...?」
「も、もう! 怖いこと言わないでくださいよ! ちゃんと触れましたから!」
「ふふふ、ごめんね。また見つけたら声をかけてちょうだい」
そう言って看護師さんは去っていった。私、お化けとかそういうの苦手なのに、怖いこと言わないで欲しいなぁ。場所が場所だし。
今度はゆっくりとした足取りでベンチに戻ると、私が着せてあげたカーディガンが少年の座っていたところに落ちていた。拾い上げて、よくよく確認してみるが、特に変わったところはない。
あの少年は、私が看護師さんと話している間に何処かへ行ってしまったんだろう。そうだ、そうに違いない。そう思わなきゃやってられない。そろそろ寒くなってきたので、私も散歩を切り上げて病室に戻ることにした。
◇
「白い髪の子供?」
「はい、そうです。綺麗な真っ白の髪の子供です。小児科の方で診ている子かなと思ったんですけど、心当たりはないですか?」
夕飯を持ってきてくれた阿瀬比さんに、昼間出会った少年について聞いてみた。特徴のある見た目をしているし、もしかしたら知っているかも、と思ったのだ。
「そうねぇ...。私は覚えがないわ。そういう子が入院してるって話も聞いてないし...。ねぇ、野乃花ちゃん。その子、足が透明だったりしなかった?」
「もう! 阿瀬比さんまでそんな事を!!」
阿瀬比さんはわっはっはと笑った。笑い事じゃないよう。私が頬を膨らませている事に気づいたのか、阿瀬比さんは「ごめん、ごめん」と言うと私の頭を撫でた。
「本当に迷子だったらいけないし、他の職員さんにも聞いてみるわね」
「はい、よろしくお願いします」
「野乃花ちゃんは偉いわねぇ。ちゃんと自分以外の子にも気を遣えて。私の娘も見習って欲しいくらいだわ!」
阿瀬比さんはそう言ってまた笑うと、私の病室を出て行った。まあ、大きな問題になっていないということは、あの少年は無事にご両親のところへ帰っていったのだろう。
今日のところはひとまずそう思うことにして、少し味気ない夕食を頬張った。
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