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白い追憶 野乃花のケース④
とある日のお昼時。
私は病院の庭を散歩していた。先日から、どうもマイナス思考に陥っている気がする。その原因は病室に閉じこもっているからだと判断した私は、こうして日の光を浴びに外へ出ていたのだった。
やっぱり寒いけれど、それでも外の空気を吸うと気分がいくらか楽になってくる。ああ、やっぱり外はいいなぁ...。あれ? あの子は...。
私の視界に、見覚えのある少年が映った。いつぞや遭遇し、いつの間にか姿を消していた、髪が真っ白なあの少年だ。
少年はあの時と同じベンチに座り、やはり足をぶらぶらさせて遊んでいる。あの場所が気に入ったのだろうか。
「おーい!」
私は少し離れた少年に声をかけながら手を振る。俯いていた少年は頭を上げてちらと私の方を見るが、すぐに頭を下げてしまった。私の声に反応したということは、少しは覚えてもらえていたのかな? 今度こそお話できないかな?
少年の方へ近づき、ベンチの隣に腰掛ける。少年は特に何の反応も示さない。さて、どうしよっかな。取り敢えずカーディガンはかけてあげるとして...。そういえば、まだ自己紹介してなかったっけ。
「こんにちは。野乃花のこと覚えてるかな? あっ、私、--野乃花って言うの。あなたは?」
少しの期待を込めて名前を聞いてみる。けれど、少年はやっぱり答えない。うーん。さっき声をかけた時にこっちを見たから、耳が聞こえないとかではないはずなんだけど。相当シャイな子なのかもしれない。それならば。
「じゃあ、シロちゃんって呼んでもいい? 髪の毛が白いから、シロちゃん。どうかな?」
その少年にあだ名をつけてみることにした。我ながら安直すぎるけど、その方が分かりやすくていいかな、と思った。
私がそう呼ぶと、シロちゃんは自分の髪の毛をくりくりと弄り始めた。もしかしたら、白い髪の毛がコンプレックスだった? 嫌がられるかな?
そんな私の心配をよそに、シロちゃんは髪いじりをやめて私の方へ目線を合わせた。そのままじいーっと見つめてくるシロちゃん。その瞳には、怒りや嫌悪の感情はないように感じられた。
「シロちゃんの髪の毛、野乃花はすごく素敵だと思うな」
そう言ってシロちゃんの頭を優しく撫でる。サラサラとした髪の毛は指に少しも引っかからず、まるで絹のように触り心地がいい。男の子かと思っていたけど、もしかしたら女の子なのかも。
顔立ちが中性的なため、見た目で性別を判断するのは難しかった。まあいっか。シロちゃんというあだ名なら男の子でも女の子でも通用するはず。
「シロちゃんは、どこから来たの?」
「今日もお父さんお母さんとはぐれちゃったの?」
「シロちゃんは、何歳?」
シロちゃんに質問責めをするが、暖簾に腕押し。シロちゃんは俯いてしまってどの問いにも答えてはくれなかった。う~ん...。それじゃあ、試しに私の話をしてみようかな。半ば諦めの感情が入っていたため、シロちゃんから目線を外して独り言のように語る。
「野乃花はね、もう長いことこの病院にいるんだ。お医者さんは、今は治らない病気だからもう少し我慢してって言うけど、本当に治るのか...」
そこで私の言葉が止まる。理由は、視線を感じたからだ。ふと隣りを見ると、シロちゃんがまた私の方をじっと見つめている。どうやら私の話に興味を持ってくれたようだった。
「本当に治るのか、治してくれるのか、信じられなくなっちゃったんだ。だけど、私の病気が治るのを待っててくれる人がたくさんいるの。だから野乃花が諦めたらいけないって思うんだけど、それもつらくなっちゃって」
決して十歳くらいの子供に話す内容ではなかった。けど、シロちゃんはじっと私を見つめて話を聞いてくれている。それが少し嬉しくなって、ついつい語りに夢中になってしまう。
「シロちゃんがどうして病院に来てるのかは分からないけど、野乃花と同じようになにか病気になってるなら、今は辛いだろうけどそれはきっと治るよ。野乃花がシロちゃんが良くなりますようにって神様にお願いするから。だから、野乃花みたいに望みを捨てちゃ………って、あら?」
ふとシロちゃんの方をみると、そこには誰もいなかった。この前と同じように、シロちゃんはいつの間にか姿を消してしまっていた。私がかけてあげたカーディガンだけが、主を失って寂しそうに落っこちている。なんとも神出鬼没な子だ。
「結局、またお話はできなかったな...」
少しの寂しさを残し、カーディガンを拾い上げて私もその場を後にした。
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