白い追憶 野乃花のケース⑨

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白い追憶 野乃花のケース⑨

「お母さーん!」  夕暮れ時。買い物帰りの私に、下校途中の娘が声をかけてきた。 「あら、今日はお友達と一緒じゃないの?」 「うん。絆希のやつ、またバイトだってさー。せっかく一緒に帰ろうと思ったのにぃ!」 「まあまあ。今日はお母さんで我慢してね?」  元気に満ち溢れている娘の様子を見ると、本当に嬉しくなる。この子が生まれた時は、私のが遺伝したらとハラハラしていたが、そんな心配をよそに娘はすくすくと成長し、もう高校生になった。  高校生、かぁ。  娘と他愛ない話に花を咲かせながら、自分が高校生だった時の事を思い出す。当時"不治の病"と言われていた病気を患った私___三白(みしろ)野乃花(ののか)は、青春時代の半分くらいを病院で過ごした。一時期大きく体調を崩した時もあったが、その後奇跡的な回復を見せ、高校三年生の時には、日常生活に支障がない程度には病状が収まったのだった。それももう、二十五年以上前の事だ。  皆、元気にしているだろうか。(おぼろ)げな記憶の箱から、あの日のことを呼び起こす。病状が少しだけ落ち着き、久々に登校したあの日の放課後。クラスメイト達と寄った喫茶店……Anemoneは、今もあの場所にあるのだろうか。そして………。  カンカンカンカンカンカン...カンカンカンカンカンカン... 「あ、踏切に捕まっちゃったね」  摩訶不思議な体験について思いを馳せようとした時、踏切の警報機がけたたましく鳴り響き、私の思考を遮った。娘と二人、横に並んで遮断機の前に立っていると、遠くからゴトンゴトンと貨物列車が走ってくるのが見える。 「ねぇ、お母さん。知ってる?」 「知ってるって、何?」 「この踏切、よ」 「で、出るって、もしかして…」 「そう…。この踏切で、不慮の事故に遭って亡くなった子供の霊が!!」  ガタンガタン!! ガタンガタン!!  娘の言葉に合わせるように、貨物列車が勢いよく目の前を通過する。もう! 私が怖がりなのを知ってて、この子ったら…。ちょっとびっくりしちゃったじゃない! 「こら! そうやって、お母さんをからかっちゃダメ!」 「ふふっ、ゴメンゴメン。お母さんはそういうの、信じてないの?」 「私は………」  ガタンガタン!! ガタン...  それは、一瞬の出来事だった。娘の何気ない質問に答えあぐねて、ふと貨物列車に目線を置いた、ほんの僅かな瞬間。偶々(たまたま)何も載せていない車両が通ったため、踏切の向こう側が見えた。その時。 「え…」  そこには、私が以前出会った時と全く変わらない、がいた。長い前髪で目元を隠して、俯きがちに立っているその様子は、あっという間に私をノスタルジーに浸らせた。  ガタンガタン!! ガタンガタン!!  だが声をかける間もなく、少年の姿は列車に阻まれて見えなくなった。そして、とうとう列車が通り過ぎる。その頃には、少年の姿は跡形もなく消えていた。もういない。でも、見間違えじゃない。確かにそこに、あの子がいた。 「お母さん、どうしたの?」  私の異変を察したのか、娘が怪訝な顔で声をかけてくる。 「………ううん。何でもない」  そう答えると、娘は「そっか」と言って踏切を渡っていく。  ああ、シロちゃん。君は、あの頃と少しも変わらないんだね。私はもうすっかりおばさんになっちゃったよ。それでも私の事を覚えていて、会いに来てくれたのかな? だとしたら、嬉しいな。 「ねぇ、さっきの答え」 「ん? 何、お母さん」  先を行く娘に声をかける。"そういうものを信じているのか?" その問いに、私はこう答えよう。 「ちょっぴり怖いけど、お母さんは、そういう存在がいたら素敵だなって思うよ」 「ふふっ、何それ。矛盾してない?」 「いいの。考え方は人それぞれよ」  夕暮れ時。長い影を引かせながら、娘と歩く帰り道。それは当たり前のようで、当たり前ではない、かけがえのないものだと改めて気付く、今日この頃でした。 了
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