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其の零 不良少年達のケース①
深夜。
今はもう稼働していない廃工場。
本来であれば静まり返っているその場所に。
全く似つかわしくない下卑た笑い声が響いていた。
「でさ~、あいつがその時…」
「マジ! やっぱアホだわ~」
「あっ!! お前そのキャラ使うのはずりー!」
「はぁ~やっぱ女も呼ぶべきだった...」
そこには背格好と服装からして高校生とみえる少年が5人、廃工場でたむろしていた。
「あんま騒いだらまたサツ来んじゃね?」
「しばらくは大丈夫だろ。この前サツ呼んだやつボコしてやったし」
彼らがこの場所でたむろしているのはここ最近の話ではない。この近辺でも不良のたまり場だと噂になっている、ここはそういう場所だ。
「なぁ~、やっぱ女いったって~」
「うるせ~な~、しつこいぞお前~」
「誰も来なかったんだから諦めんべ」
「じゃあこの間みて~にてきとーな女攫おうぜ~」
「バーカ、また面倒な事になんのはゴメンだぜ」
半年ほど前、この界隈で女子高生が集団暴行されるという事件があった。主犯は、犯行が起こった場所と同じ学区にある黒百合高等学校の生徒数名。
大きな怪我はなかったものの、女子高生は深い精神的苦痛からつい最近まで精神病院に通っていたという。
「なんだよ~お前もノリノリだったくせによ~」
「今は俺ら目ぇ付けられてるだろ。暫くはおとなしくしとけ」
「こんな時間にこんな場所でたむろってる奴に言われたくね~」
「うるせぇ」
彼らは未成年であり、また初犯だったため保護観察という措置に留まった。
「おい、もう酒切れちまったよ」
「あ~、じゃあ俺が買ってくるわ。つまみも無くなったしよ」
「お前、制服のまま行くつもりか? バカじゃん?」
「そこのコンビニの店員ウチのOBなんだわ。問題ね~べ」
勿論、彼らに反省の色は見えない。更生しようなどとはもってのほかだ。
"彼らの命が終わる"今日この時まで___。
「うわっ!!」
酒を買いに行こうとした不良高校生が大きな声を上げた。だだっ広い廃工場にその声が反響し、ぐわんぐわんと空間が揺れる。
「おい! 驚かすな…よ…?」
「何だ~、変な虫でもでたか…?」
全員が声の主の方を見て、一瞬固まる。
不良高校生の目の前に、一回り背丈の小さな少年が立っていた。
一見して10代前半くらいの少年だ。白いTシャツに深い青の短パン。少なくとも、深夜にこんな場所にいる時点で尋常な事ではない。
だが、明らかに異様な部分がもう一つあった。髪だ。その少年は髪が真っ白なのだ。長い前髪で目元が隠れて表情が分からず、またそれが一層不気味さを引き立てる。
「お、おい。いつからいたんだそいつ。誰かの知り合いか?」
「し、知らねーよ!! 気味悪ぃ!!」
不良達が一斉にざわつく。
「まぁまて、そんな騒ぐなよ~。所詮ただの子供だべ?」
その中で、白い髪の少年の前に立つ不良高校生がいち早く冷静になっていた。薄く赤らんだ顔で少年に問いかける。
「なぁ、ボクちゃん? どこから来たんだ? 悪いがここは子供の来るとこじゃね~んだ」
少年は答えない。
「なぁおい? 聞こえてんだろ?」
不良高校生が少年の肩をポンポンと叩くも、何のリアクションも返さない。その少年の態度が不良の神経を逆撫でした。
「何か返事しろよオラァァ!!!」
不良は唐突に大声をあげ、目の前の少年の腹を蹴り飛ばした。その場にいる全員が、容赦ない蹴りに少年が吹っ飛ぶ姿を想像した。あ~あ、かわいそうに。何も子供にそこまでしなくても。そんな風に暢気に構えていた事だろう。
だが、現実はそうはならなかった。
ズボォォォォォ!!!!
鈍い音を立て、不良の足は少年の腹を貫通した。
「…は?」
再び、沈黙がその場を支配した。
「な、なんだよ、これ…?」
状況が飲み込めない不良は、声を震わせながら足を抜こうとする。しかし、何かが引っかかって抜けない。微動だにしない。
「あ、足が抜けねぇ…抜けねぇよ…。なぁ、誰かこっち来てくれよ…」
不良は涙目で仲間たちに助けを求める。
「なぁ…なぁ…誰か…」
だが、誰も彼を助けに行こうとはしない。否、皆恐怖と混乱で蛇に睨まれた蛙の如く動くことが出来なくなっていたのだ。
「い、痛てっ、あっ、足が痛い!! 痛てぇよ!!!」
少年の腹に埋まった足が徐々に痛みを帯びる。その痛みは加速度的に強さを増していき、不良はついには泣き叫んでいた。
「あ、ああ、痛い!! 痛ぇよおおおおおおおお!!!!」
「あああああああああああ!!!!!!!!!」
痛みから逃れるように、不良は必死で足を引き抜こうとする。何度か引っ張った後、急に足のつっかえが取れて不良は勢いよく後方に倒れた。
「う...ああ...」
倒れながらも掴まれていた足の方を見た不良は絶句した。足がない。膝の約15センチほど下から先がない。しかも、無くなった足の付け根には、
百足、蠍、蜂、虻...
夥しい数の虫が這いずり回っていた。ガッポリと穴のあいた少年の腹からも、ボタボタと無数の虫が這い出ていた。
「「「「「ひ、ひいいいいいいいいいいいいい!!!!!」」」」」
彼らは叫ぶしかなかった。
そのあまりに非現実的でグロテスクな現実に。
自分たちに襲いかかる無慈悲な恐怖に。
今まで無表情だった白い髪の少年は、そこで初めて口角を釣り上げた。
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