5. 時に飲まれる

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〇 「何が悲しくてクリスマスに男と過ごしてんの?」 「俺は女の子と過ごすより、ちょっとやそっとじゃ飲みにも行ってくれない浅香と過ごしてるほうが、よっぽど特別感あるよ!」 「あっそう」 「あ、今キモって思ったでしょ!思ったでしょ!」  相変わらずうるせぇ。酒が入ればさらにうるさくなる人見にげんなりしながら枝豆をつまんだ。   「浅香ってそういうとこだけ顔にでるからな」  人見に対してだけだけどな。ぶすっと頬を膨らませた人見の顔は少し赤くなっている。強くもないのに飲んでばっかいるし、飲めば飲むほど陽気になるということは学生時代にとっくに分かっていたことだった。   「クリスマスかぁ…ケーキ食べたいな」 「買って帰れば?」 「おっさんに一人でケーキ買わせて一人で食べさせるつもり?」 「俺たちもうおっさんなのか」 「そりゃ高校生から見ればねぇ」  なんでもない話をして、酔って笑う。頬杖をついた人見が俺を見てにやにやと笑っていた。   「浅香はなんか丸くなったよね」 「え、太った?」 「そっちじゃねーよ。昔はもっと酒飲んでても仏頂面だったし」  ふにゃりと人見が笑う。目を背けたくなるくらいの幸せそうな笑顔だった。 「ねぇ、楽しい?」  こつん、と机の下で人見の足が当たった。組んだ足を揺らしながらふわふわと笑っている。睨みつけるように人見を見上げれば、その目はさらに細められた。   「楽しいって言ってよ」 「…なんで」 「ほら、早く。楽しい?」 「……」 「もう、た・の・し・い。簡単じゃん。たった4文字だよ」  たった4文字でも言えないことなんて山ほどあるのに、なにを言う。視線を下に向ければ、人見がくすりと笑う気配を感じた。  ふいに頬を片手で掴まれぎょっとする。上を向けば人見がぐっと顔を近づけきた。額が当たりそうなほど距離が近い。あまりにも急なことに心臓が暴れるように早くなった。   「な、なに?なに…?」 「う~ん…楽しくない浅香には~噛みつくぞぉ」  どんだけ酔ってんだこいつ!?   「やめ、」 「んー?」 「たっ、たのひい…れす」  顔中に熱が集まるのを感じる。最悪だ、死にたい。  ぱっと手が離された。押さえつけられていた頬がまだじんとする。当の人見はテーブルに突っ伏して肩を震わせていた。最悪だ。メニュー表で人見の頭を引っぱたく。俺のプライドを返せ。 「浅香ぁ…ケーキ食べようよ」 「一人で食べてろよ」  テーブルに突っ伏したままの人見に吐き捨てるように言った。泣きつくように人見が顔を上げる。酔った顔は赤くて目が少し潤んでいた。 「居酒屋にケーキはないぞ」 「俺んち来て」  よからぬ思いを抱いている体が反応する。  そう言えばしばらくヤってない。だってもう、黒木と最後に会ったのは2週間前なのだ。妙にドキドキしてきた体を叱咤しながら人見を睨みつけると、そんな俺を無視して人見は笑って立ち上がった。 「よし、じゃ、帰ろっか」 「はぁ?ふざけんなよ」  強い力で引っ張られ無理矢理立ち上がらされる。思ったより飲んでいたのか、少し体が揺れた気がした。 「会計してくんねー」  ふわふわとした足取りで財布を持って入口へ向かう人見を見ながら、このまま撒いて逃げようかなんて考えが浮かんだ。当然そんなことは不可能だと諦めて、重いコートを持って人見を追いかけた。  どこのケーキ屋にも、もうほとんどケーキは残っていない。やっとのことで見つけたケーキ屋で小さなホールケーキを買った。スーツを着て酔っ払った男二人が一つのホールケーキを買うのを、女性店員は訝し気に見ていた。そんなことなど気にも留めず、人見はにこにことお礼を言っていた。  人見のあまりの上機嫌は、ケーキの入った箱を振り回す勢いだったから、その箱を奪いとって、駅を離れた人気のない路地を二人で並んで歩く。街灯はやけに少なく、夜の空気は冷たかった。隣の人見は鼻歌を歌っていた。  夜を歩いていると、学生時代に居酒屋から出てきた人見に、連れ去られるようにして並んで帰ったことを思い出す。もう二度と手に入らないと思っていた時間が今更手元にあることが、やっぱり信じられなかった。 「あと6日か…」  呟いた言葉を聞いた人見が、肩が触れるほどに近寄ってくる。 「大丈夫」  柔らかい声が降ってくる。その後に続く言葉はあるのだろうか。  大丈夫。  俺が浅香を殺すから。  容易に想像できたその言葉を眉をひそめて飲み込んだ。  頭の中では黒木が目を細めて、可哀そうに、可哀そうに…と俺の頭を撫でていた。
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