6. ナイフを握って抱きしめて

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〇  目が覚めた時、今が朝なのか昼なのか、はたまた夜なのか、まったく感覚がなく分からなかった。  カーテンに閉め切られた室内には、光はどこからも入ってこない。隣にいたはずの黒木は消えていた。  枕元に置いてあるデジタル時計を見ると、12月30日の正午を過ぎたところだった。ここの所ずっと張り詰めていたからか、少し寝すぎたのかもしれない。昨日のあの環境と切羽詰まった精神状態で、よくぐっすり眠りにつけたなと思う。  昨日はあのまま夕飯を食べてベッドに入った。出会って以来、この家で黒木に抱かれず眠りにつくのは初めてのことだった。  世間は年末でてんやわんやしている頃だろう。無意識のうちにスマートフォンに手を伸ばしていた。  連絡は入っていないか。  そのとき寝室のドアがガチャリとあいた。 反射的に手にしたスマートフォンを離し、ドアに目を向ける。ちょうどコーヒーを持った黒木が寝室へ入ってきたところだった。 「ずいぶんと寝てましたね。疲れは取れました?」  ベッドサイドにカップを置くと、自然な仕草で長く綺麗な指で頬をなぞり、額に手を当ててくる。そう躾けられた犬のように、悲しくなるくらい、俺の体は続きを求めるように小さく震えた。 「…はっ」  黒木はそんな俺の反応を確かめるように指を這わせると、その端正な顔を近づけてついばむようなキスをした。頭の後ろに当てられた手が温かい。優しくなでるようにゆっくり髪をかき回され、静かな寝室にささやかなリップ音が落ちていく。  本能のままに求めるような動物的なものでもなければ、いつものような性急さもない。味わったことのない感覚はもどかしくて、もっと強い刺激を、と無意識のうちに腰が揺れ始めていた。  黒木はそんな張り詰めた俺に気づかないふりをして、ただゆっくりと丁寧にキスを落としていった。唇から離れ鼻筋へ、額へ、目元へ、こめかみに。ふいにめくれたTシャツの中へ入ってきた熱い手が腹を撫で上げる。 「…ふっ…」  ひくひく震える腰がびくりと反った。鎖骨を舐めた黒木はちらりと俺を見上げた。 「もっ…それ…やめて」  直接的な刺激が欲しい。  思ってもそんなことを口に出して言うとこは出来ない。ただ訴えるような視線を黒木に向けると、黒木は余裕の表情で笑い、相変わらずぬるい愛撫を続けた。 「あ、ぁあっ…」  決して触れてほしいところには触れられず、刺激を待って待って敏感になった体には、ちょっとの刺激も電気でも走ったかのように大きな刺激になった。  胸をわずかにかすっただけなのに、切ない声が自然に漏れる。下着はもうびっしょりと濡れていた。  早く触って欲しい。早く…早く…。もう苦しくてたまらない。  我慢できず黒木の髪を引っ張った。顔を上げた黒木が仕方ないとでもいうように乳首に口をつけた。 「んっ…」  それだけで腰が立たなくなり、がくがく震える。 「…ああ。もうイきました?」 「…はぁっ……はっ…」  じゅ、と白濁の滲んだ布の出っ張りを黒木が爪でひっかく。 「んんっ!」  我慢の限界でかすみ始めた視界で黒木を睨みつける。そんなことをしても、自然と揺れる腰が情けない。 「享幸くん」  片方の指では胸をもてあそびながら、もう片方の手では限界まで張り詰めた下半身を撫でながら、黒木が普段と全く変わらない口調で呼んだ。 「この間はどうかしたんですか?」 「な…にが…」 俺を窺ってくる黒木の言っていることなんて、もう頭に入ってこない。ただ与えられる快感を追って震えていた。  黒木がようやく寝間着の下を脱がせ、外気に当たった肌が一瞬ひるむが、すぐに気にならなくなるくらい肌は火照っていた。冷たいローションが伝う気持ち悪さに身を動かせば、黒木の細い指が中の壁に当たる。 「んっ」 「享幸くん。クリスマス…あなた、なにしてました?」 「へぁ…」  増やされた指がばらばらに動かされ身をよじる。絞った視界で黒木を見れば、出会った頃のような無表情で凍てついた目をしていた。背筋が凍るような感覚を覚えたが、そんなものは休みなく与えらえる刺激にかき消される。ふいに黒木が顔を近づけキスをしたかと思えば、やっと望んだものが入ってくるのを感じた。 「時間はまだあるんです。溺れていればいい」  ぼそりと低く呟いた黒木の声に、すぐさま自分の口から出た善がり声が重なっていく。さんざん待てをされたあげく、限界まで高められた性感にこれまでにないくらいの波が訪れた。  意識を手放しそうになれば黒木に噛みつかれ、そのうち見下ろせば鎖骨から太ももにかけて点々と赤く内出血の痕ができ、皮膚の薄い箇所では血がにじんでいた。  何時間経ったのかも分からない。へとへとに疲れ果てた体が重く、ついに閉じたまぶたが上がらなくなった。揺すられる衝撃と未だにびりびりと響く快感が腰どころか全身に駆け巡る。  ついに頭もショートしたみたいだ。掠れた声が絶え間なく絶叫していたが、意識の向こうで聞こえていたそんな声もぷつりと途絶えた。
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