6. ナイフを握って抱きしめて

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 リビングは暖房が効いていて、温かい空気が体を包み込む。肌着にモッズコートをひっかけてきただけの俺に、ぶかぶかの人見のパーカーを渡される。ありがたくコートを脱いでパーカーを着てみるも、サイズの合わなさに少し後悔した。  そんな俺を人見はこたつに潜り込んで、ぬくぬくと幸せそうな顔で眺めていた。そして呑気に「浅香と年越しできるなんて嬉しいなぁ」なんてほざくのだ。   「何言ってんの?」 「ええー何って、愛の告白?」 「ふざけてんのか?」  けらけらと笑う人見を見ていれば気が抜けた。   「こっちおいでよ」 「……」  言われて体に緊張が走る。  ここは二階だ。もし落とされた時当たり所が悪かったら死ぬ。雨戸は閉まっているか?  風呂場に水が溜めてあったら?そこに頭を突っ込まれたら溺死する。  急に固まり、目線を忙しなく動かし始めた俺に気がついた人見が情けなく笑う。    「そこ、左から二番目の引き出し。そこに包丁が一本入ってる。俺はなにもしない。なにもしないから。……それとも俺、いないほうがいい?」  最後に呟いた声は、人見にしてはひどく小さく自信のないもので、思わず顔を上げた。  「………一緒にいて」  対して呟いた俺の声も、聞こえたか怪しいほど微かなものだった。しかしちゃんと聞こえていたらしい。ぱっと顔を上げたかと思うと、棒立ちになっていた俺の側まで寄ってくる。思わず後ずさった俺を見た人見が、両腕を上にあげた。   「怖いなら浅香が持ってればいい。そこ、開けていいよ」  睨みつけるように人見を見上げる。信用していないわけではない。信じたい相手に疑うようなことをする自分が嫌なだけだった。  それなのに、俺をじっと見つめるその目は戸惑いを見せながらも責めるような色は見られない。  恐怖に負けるのは許されるのだろうか。震える手は人見に言われた通りの引き出しの取っ手へと伸びていた。人見に体を向けたまま、目線を行き来させながらそっと開ける。箸やスプーン、フォークに並んで安い包丁が一本、収まっている。白い電気を反射してぎこちなく刃が光った。   「持ってていいよ」 「……」  そんなことをする必要などないというのに、言われるがままに体が動く。まるで何かの呪文のようだ。暖房の風の音と、大晦日のテレビ番組の音が聞こえる室内に流れる空気は確かに異様だった。  柄を握った手がカタカタと震えている。いつ落としてしまうか分からないほど、俺の手の中で安い凶器が同じように震えていた。   「ふっ…っは…」 「怖い?」  手に握った凶器を見つめているうちに、聞こえる穏やかな声がぐっと近くに来ていた。顔を上げたと同時に視界が遮られる。何が起こったのかわからなかった。   「っ!」  暖かい、熱い体がすっぽりと俺を覆っている。目の前に見えるのはきめ細かい人見の首元だった。
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