十一頁 犬 参 『ピタゴラスイッチ』

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十一頁 犬 参 『ピタゴラスイッチ』

十一頁   犬 参   『ピタゴラスイッチ』    昨日はイライラが限界まで来て、思わず猫宮を怒鳴ってしまった。  何故、「三上さん」の一言が言えない? その思考回路が分からない。  あまり寝付けずに、いつもより早めに登校すると、猫宮を含めた数名しか教室には居なかった。  流石に今日は声を掛けて来ないだろうと思っていたら、普通に、いや、どちらかというとしたり顔で猫宮の方から声を掛けてきた。 「わんちゃん。今日は猫、やってみせるんだよ」  その自信はどこから来るのかを聞く前に、晴れて猫宮の変人ファミリーに加入する事になったのであろう同級生を紹介された。 「昨日から猫の味方をしてくれる事になった、兎咲美穂ちゃんでぇす」  うさきみほちゃんは、小刻みに震えていた。聞かなくても分かる。本望じゃないんだね。そして、一体この子に何をさせる気なんだい? 「うさちゃんは天羽と仲が良いらしいんだ。その流れで、猫に話しを振ってもらうの」  あぁそうなの、勝手にやってみせてよ。そして、勝手に自爆して笑わせてごらんよ。  どれだけ待った事か! そして人の手を借りるのか? 猫宮お前は、周りの人に助けられて生きてんな。 「そっか、楽しみにしてるよ。トイレ行ってくるわ」  朝早く来てしまうと、あんな変人共しか居ないのだと思うと、今後早起きしても時間を潰して登校するのがベストだなと思った。  教室を出る時に誰かとぶつかった。始めは、あまりにも軽い衝撃で、ぶつかって相手を倒してしまった事にさえ気が付かなかった。 「ご、ごめなさい!」  大袈裟に転んだ相手は、天羽佑羽だった。 「ごめんね。大丈夫?」  この女は、女神と仲が良いため、良い印象を持たれておくのがベストだと思っていた。  手を差し伸べ、掴んだ瞬間、ビビッと電気が流れる様な感覚がした。 「ウワァァァァァァァァァァァァア!」  あたしの上げた声に驚き、天羽は手を離してしまった。 「へっ? あの?」  何だその乙女の様なリアクションは!   い、今、ビビッときた感触分かっただろ? なぁ? お前もビビッと来たんだろ? あ、あれぇぇぇぇ?   この子は、感じて無いっぽいな……結婚の決め手になったビビッてやつ、片方しか感じて無いパターンあるの? ってかその素材も古すぎるのか…… 「はっ? 何? なに勘違いしてんの?」  あたしは、何も無かった様に、逆に冷たく振る舞った。  ビビッと婚みたいなのかなり前にあったけど、それで結婚した奴ら大体離婚してるしあてになんないよ。 「ご、ごめんなさい……手を差し伸べてくれたんだと思って。違ったんですよね? 勘違い、恥ずかしいな。ハハハ」  えっ、ごめぇぇぇぇん! て、手を、差し伸べたんだよ! ただあたしの中で紆余曲折あって、変な感じになっちゃったんだ…… 「はっ? お前の汚い手を取って立たせてやるとでも思ったの? なんて思い上がりの激しい恥ずかしい女なんだよ」  はぁぁぁああ! えぇっ? 何であたしこんな事言ってんの? わ、訳分かんねぇ! 「ご、ごめんね。わ、分かってるつもりだったんだけど、へへっ、佑羽は、何も出来ない子だなぁ……」  はっ、はぅあっ、か、可愛い。  ち、違う! そうじゃなくて、あたしが言った謎の暴言を撤回しないと! 「敬語使えよ」  ちがぁぁぁぁぁぁぁぁぁあァラァァァァァァァァァァァアッ! 「あっ、佑羽、何も出来なくて……ごめんなさい……」  天使ィィィィィィィィィィイ!  ……  その後の事はあまり覚えていなくて、気が付くと放課後にまで時が飛んでいた。  あぁ、席にあたしと、猫と女神と、て、て、天使が残っている。そして、近寄ってくるアイツは、確か朝に紹介をされた兎咲とかいう奴か……  駄目だ。まだ頭がぼぉっとしてる…… 「天羽君? あ、あの、今日は良い天気だね」  あぁぁあっ? 気安く天使に話し掛けるんじゃないよ! 誰なんだよお前! 「み、美穂ちゃん! もう、話し掛けてくれないのかと思った。嬉しい。良い天気だね」  アァッ! アァァァァァァァァア?   う、嬉しい? 天気の話しが嬉しいだと? そんなしょうもねぇ話し吹っかけられたら、普通は唾かけておととい来やがれだろうが? 何が嬉しいんだアバズレが! 「今日天気良いのかなぁ? どうみても曇ってんだけど」  あたしは、何か大事な事を忘れて話しに割り込んだ。 「く、曇ってても、夕焼けさんが見えるから、夕焼けさんは佑羽達と遊びたいのかな、なんて、へへっ」  か、可愛い! あ、あぁあ可愛い。ゆ、夕焼けさんだってよ、夕焼けさんだってばよぉぉお! 「夕焼けを擬人化してんじゃねぇよ」  ラァァァァァァァァァァア!  へっ、なんで? なんでこんな事言ってんのあたし? 「ちょっとアンタ何なの? 佑羽はこういう子なんだけど? 何か文句あんの?」  め、め、女神がお怒りだァァァァァァァア! 「い、いや、何も無くて、べ、別に、文句なんか無くて……」  あたしはまさに、しどろもどろだった。これからの人生楽勝だなんて思っていたのは束の間の事で、絶対的な権力者の女神に問い詰められた事によって、己の臆病さと、傲慢を思い知った。  泣きそうになったのだけれども、堪えた。今泣いたら、天使からの心象を悪くしてしまうから。 「ちょっとこの人、何も喋らなくなっちゃったんだけど? あれ? 猫宮さんだっけ? この子と仲良いんでしょ? この人といつもどんな事してんの?」  へっ? あれ? 女神、今猫宮に話し掛けてる? 「ふ、踏んづけてもらう」  ウォォォォォォォォォォォォオ!  違う! 違う違う違う違う! それは、あたしがあなたと猫宮の会話を聞いて笑う為に拵えてたやつ。 「はっ? ヤバくないっ? 踏んづけられて怒ったりしないの?」 「それから、あ、頭を撫でてもらう」  う、上手い事会話が繋がってるじゃないか! 女神がもとから知ってたとしか思えないくらい、上手い事会話が繋がってるじゃないか! 「それで、犬養さんだっけ? それで犬養さんは満足して帰るの?」 「き、切った爪を貰うんだよ」  女神もそうだけど、猫宮、お前もわざとだろ。  嘘だろ? 嘘だろ? あたしは平穏に過ごしたかったのに、嘘だろぉがよ! 「踏んづけて、頭撫でて、切った爪を貰って帰るって、とんでもない異常者じゃん」  事実なら、女神の仰る通りです。 「そ、そんな筈無いよ! どんなに悪びれていても、この世に本当の悪人なんて居ないんだよ!」  て、天使! その言葉は嬉しいけど、別にあたしは悪びれているつもりは無い。 「そうかなぁ? 猫宮さんに聞いてみよう」  もう、聞かないで下さい。 「猫宮さん? 犬養さんは、他の人には知られたくない秘密みたいなのがあるんじゃないの?」  オワタ。よりによって、何故そんな質問をするのか?  お風呂でお漏らしする。なにそれ? 三日間湯を抜かない。なにそれ? 家族みんなそれが好き。なにそれ?  もう好きにしてくれ。人を陥れて笑おうとしていた画策が、勧善懲悪の童話の様に跳ね返ってきた。  現実というのは、上手い事出来てるもんだな。これからの人生楽勝って思ってた奴が自殺さえ考えるって、人生ってヤバ。  猫宮の言葉を、遮る気力も無く待っていた。 「げっかですもうのきどったにせい……」  あぁぁぁぁぁぁぁあ、アァッ? あぁ! 言ってたなそんな事! ってか、それが今来んのかよ! 「げっかですもうのきどったにせい?」  女神もそりゃあハテナだよ! 「あっ、あっ、きっと、月火水木金土日の事だよ! きっと犬養さんは、猫宮さんに勉強を教えていたんじゃないかな?」  天使! よくそんな無茶苦茶な覚え歌解読出来たな。 「他のだってきっと、猫宮さんに何かを教える為にしたものなんだよ! そうだよきっと、だって、犬養さんがそんな悪い人に見えないもん!」  て、て…… 「はぁっ? まぁ佑羽がそう言うんだったらそう思えなくもないけど、ねぇ? 猫宮さんどうなの?」  女神からの、最終尋問…… 「わ、わんちゃんは、三+四で、一週間は七日だって言ってたぁ」  猫宮グッジョブ!  「三+四? 何処で区切ってんの? まぁいい、じゃあ佑羽の言う通りだったんだね。犬養さんごめんね、変な事言って」  はっ? えぇぇぇぇぇえ? 超大逆転なんだけど? 「なんなりと」  なんなりとって何だよ! 気分が良い! 猫宮? お前もそうだろ? 「アハァッ! あぁ、あぁぁぁぁあ、ナハァァァァァァァァァァァァア!」  はっ? 何? 「やっぱり、こんな機会滅多に無いのだから、伝えるんだよ!」  何を? 「ね、猫は、お風呂でお漏らししてしまう癖があるんだよ! そして、そのお風呂は三日間お湯を替えないんだよ!」  ヤバっ。あぶね。あたしが、自分の事を知ってもらった方が良いんだよ、なんて言ったから、急に猫宮はカミングアウトしたんだ。  さっきは、まだ決意が定まって無くて言わなかったのだろう。間一髪だったな。 「きゅ、急にどうしたのこの子? 犬養さん何これ?」  流石の女神も引いてるな。あたしは、適当に猫宮を突き放して帰れば安全圏だ。 「実はあたしも、そんなにこの子と仲良く無いから分からないの。こんな不潔な子だとは思わなかったな。付き合い方考えないとな」  猫宮の反応が気になった。こんな時に正気に戻られて、要らぬ事をごちゃごちゃと喚かれたら面倒だ。  あっ、全然大丈夫だ。目がバッキバキだもん。 「えっ? 仲良いんじゃ無かったの?」  女神はあたしと猫宮が仲が良いのだと疑っていた。  やれやれ、もうそんな風に思われるまで危うい所に居たのか。ちゃんと今日潔白を証明して、今後はみんなで猫宮を無視するとかの手段を取らないと、そしてあたしがそれを言い出さないと、この学園生活を安全に送る事は出来ないなと思った。 「あっ、勘違いされてたんだ? 猫宮とは同じ中学校だったんだけど、喋ったりする事無かったよ。学校でちょっと勉強を教えた事はあったけど、さっきみたいに誤解される様な事言うし、変な子だなって思ってた」  悪いな猫宮。あたしの有意義な学園生活の為なんだ。  お前なら分かってくれるだろ? その為に、犠牲になってくれるだろ? これからある事ない事女神に吹き込んで、あたしはお前と仲良くなんか無いという事を全力でアピールしていくんだ。  そうすればあたしは、女神の、勝ち組のグループに入る事が出来る。  そのせいでお前は、あたし達のグループからハブられたり、陰口を言われたり、もしかしたらイジメられてしまうかもしれない。  でもさ、お前のその犠牲のおかげであたしは、一つ上の階級に上がれる。  もしも辛かったりしたら、転校するなり最悪高校中退を選ぶなり好きにすればいい。あたしは陰ながら、何か役に立つ様な事をするつもりは無いけど、お前の幸せを願っているよ。 「何かこの人おかしいよね。挙動不審だし、何してくるか分かんないよ? それに、さっきの話しを聞くまで黙ってたけど、この人、臭くない?」  こんな事を言うのは、とても、とても心苦しいよ。分かってくれるだろ? 分かんないか? 今は理性が、どっかイっちゃってるもんね。 「犬養さんはそんな人と、週に二回も喫茶店でお喋りしてるんだ?」 「へっ?」  へっ? 何言ってるのかな? へへっ。 「わたしあの喫茶店の前、帰り道で通るんだけど、この一週間で二回も二人で居る所見たよ」  えっ? えっ? えっ、えっ、えっ、ゲェェェェェェェェェェェエ? 「はっ? えっ? えっ? ち、ちが、ちが、ちがぁぁら」 「と、友達の事をそんな風に言うなんて、佑羽は、佑羽は……良くないと思う……」  あもぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ! な、何故天使まで? 「佑羽も、恵理奈ちゃんと一緒に帰るから見てたんだよ。あんなに楽しそうに喋ってたのに、そんな言い方良くないと思う」  見られてたのか! あぁ、あぁ、あたしの、青春が…… 「黙ってろよ女神の腰巾着は!」  はぁぁぁあ! またやってしまったぁ。ってか何なのこのシステム? 好きな子には素直になれないヤンキースタイル何なの! 「そんな言い方、無いんじゃないかな!」  あ? こんな奴居たっけ? 「お前は本当に黙ってろよ」  うさぎだかうさきだか知らないが、お前にはマジで言ってっかんな。 「うぅぅぅ、うぅぅぅ、あぁぁぁぁぁぁぁあ」  お前は急にどうした? 大人しくイっちゃってろよ。 「ね、猫は、まだ死にたく無いんだよ……」  何の話しか? あれか? 小鳥とか言う奴の話しか? 何故今思い出す? 「なにそれ? 何があったの?」  女神も聞くんじゃ無いよ。 「う、ウチに無理矢理泊まりに来て、キャリーバッグに入れて持ってきた、不気味な鎖で猫を縛ろうとするんだよ」  そんな事されてたのか? ってか、小鳥って奴ヤバ過ぎるだろ! 「それって、犬養の事だよね? 猫宮さん。辛かったね」  はぁぁぁぁあっ? 違う違う違う違う! その件は本当にあたし関係ない!   あと、女神? 呼び捨てになってるんだけど? 親しみを込めてじゃ無いって流石に分かってるから、軽蔑の意味でそうなったんだよね? それにしても、猫宮はさん付けであたしは呼び捨てって、猫宮よりランク下に位置付けられてない? 「蛇喰商店街に連れて行かれて、七不思議の洗礼を浴びたんだよ」 「蛇喰商店街って、あの呪われた商店街の事だよね? 何があったの?」  あぁ、女神は興味津々だ。 「あの商店街の中だと、携帯電話が圏外になるんだよ! 猫は、商店街に入る前に、お母さんにキャリーバッグの中を調べてくれって言ったのだけれど、眠いから後で調べるって言われてたんだよ」 「あぁ、クッフ……それから?」  女神、今笑いそうになってなかった? 「商店街を出た後にラインの通知が鳴ったんだよ! 猫は、お母さんからの、キャリーバッグの中身を伝える為のラインが来たと思ったんだよ! でも、来てたのは、その商店街を出る三十分も前に送られて来てた、よく行くラーメン屋の味玉クーポンだったんだよ」 「ふふっ、う、ふふっ、だ、だから、商店街の中が圏外だと分かったんだね」  女神、完全に笑ってんな? 他の馬鹿共の目は誤魔化せても、あたしの目は誤魔化せないから。  あと、絶対関係無いと思っていた味玉クーポンが、蛇喰商店街の七不思議に大きくリンクするなんて思ってもみなかった。 「も、もう思い出したくも無いんだよ! 狂気だったんだよ!」 「詳しく教えて」  め、女神はこの話しがお気に入りな様だ。あたしは、震えながらも、声を振り絞って否定の言葉を叫んだ。 「あたしじゃ無い! あたしそんな事してない!」 「でもお前さっき、外で会った事無いって嘘吐いたじゃん」  そこを指摘されたのも辛かったけど、女神からついにお前って言われたのが一番辛かった。何処かで狂ってしまったピタゴラスイッチは、もう、あたしには止める事は出来なかった。 「あたし、そんな……そんな……」  涙を堪えるのに必死で、それ以上の言葉が出なかった。 「お、お風呂を浴びている時も、ずっとひとり言を言っているんだよ! 仕舞いには、猫のお漏らし四日分の浴槽の水を飲んでヤッベェ! って言って盛り上がってたんだよ!」  今度こそオワタ。  嘘を吐いた事で、あたしを信じてくれる人が居なくなって、小鳥とやらがやらかした事を自分のせいにされて、そして、完全にみんな引いていた。ってか、小鳥って奴、多分お前が一番ヤベェ奴だな! 「うぅ、うえぇぇぇぇぇん。うぇぇぇぇぇぇん」  あたしは、抑え切れなくて泣きじゃくった。でも、これ以上天使にこんな醜態を晒したくない。  あたしは立ち上がって、全速力で教室から逃げて行った。
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