七頁 鳥 参 『猫宮タツヤ』

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七頁 鳥 参 『猫宮タツヤ』

七頁   鳥 参   『猫宮タツヤ』    あぁ、あぁあ、まだ頭がクラクラする。あの温泉の素の薬効スゲェ。  風呂場を出て、部屋へと歩き出すのだが、お腹がもう、キュルキュル鳴り出している。それでも、猫ちゃんの顔を見れば、具合なんて全て良くなるよ。  ドアを開けると、謎の男が振り返りこちらを見た。 「へっ! 何で俺の部屋に女の子が? どんなトラブル?」  誰だよお前。この家の奴か? そんな少年誌みたいな展開じゃないから。私の友達の猫ちゃんは何処だ? 「ねこち、イチカちゃんは?」 「イチカの友達? アイツ友達居たんだ。間違えて入ったんだね、イチカの部屋は隣だよ」  はっ? 完全にさっきまで遊んでた部屋なんだけど? 「不審者ですか?」 「不審者って、俺が?」 「あなた誰ですか?」 「イチカの兄のタツヤだけど」 「あぁ、イチカちゃんのお兄さんか、本当にここ、あなたの部屋なの?」 「じゃ無かったらなんだって言うの?」 「忍び込んだんじゃ無いの? 妹の部屋に」 「はっ? 何で俺がアイツの部屋に忍び込むの?」  とぼけた面だけは一人前だった。 「可愛い妹の部屋に忍び込んだのをバレたくなくて、たまたま来て出会した妹の友達に、苦しい言い訳してる様にしか思えないんだけど?」 「可愛い妹? イチカが? 可愛いくも無ければ、何故君がそんな誤解をしてるのかの理由が分かんないんだけど?」  この謎の男に気を取られていたせいで気付いていなかったのだが、冷静に部屋を見渡せば、コイツが嘘を吐いているのは明確だった。 「お前さ、もっとマシな嘘吐いた方がいいよ? そのキャリーバッグは何? 床の人生ゲームは?」 「うぉっ! マジだ! 何だコレ?」 「気付かない訳無いでしょ?」 「いやっ、注意力が無いんだよ俺! それに部屋に入ってすぐノックされたから、マジ見えて無かったんだよ!」 「そんな言い訳、通用すると思ってんの?」 「う、嘘なんか吐いてないよ! あ、あれ見てもらえれば納得するよ」  そう言うと謎の男は、ベッド下からよく分からない物を取り出して見せた。 「こ、これ!」 「何それ?」  満面の笑みでそれを手渡してきた。 「テンガだよテンガ! 流石に女の子の部屋にこれは無いだろ?」  テンガ? 何だそれは? 「何でこれがあったら男の子の部屋ってなるの?」 「えっ? 知らないの?」  そう言うと、そのカス野郎は、私の手からそれを取り戻し、言うのもはばかられる場所にそいつを持っていき、卑猥な動きをしながら言った。 「し、知らない? こ、こうやって使うやつ、し、知らないかな? へへ」 「頭沸いてんのか?」 「へっ?」 「そのままじっとしてなよ」 「へっ?」  私は、キャリーバッグの中から一つの知恵の輪を取り出した。丁度、メリケンサック代わりになる様な形状の知恵の輪があって良かった。 「一発は一発だから」 「えっ、いや、俺……」 「はっ?」 「いや、だってまだ……」 「はっ? そんな穢らわしいもんを私の手に乗せたよねぇ? 許せないから一発殴らせてもらうよ」 「あ、あぁ、その事を一発って捉えてる訳か、アハハ」  何が可笑しい? 「お前動くなよ」 「えっ? いや、あ、あの、まず君イチカの友達なんだよね? 何でそんなに友達のお兄さんにオラオラなの?」 「まずさぁ、私はイチカちゃんの友達であって、あなた達とは何の関わりも無ければ、興味も無いんだよね。あなたから受けた屈辱は、あなたが責任を持って償いなよ」 「そっ、か……アハハ」  だから何が可笑しい?  私は、メリケンサックの様な知恵の輪を指にはめて、クイックイッと動かしてみせた。 「ご、ごめんなさい! わ、悪気は無かったんだ」  あれで本当に悪気が無かったんなら、一発くらい殴られて改心して欲しい。 「悪気があろうが無かろうが関係なくない? じゃあ車運転してる人がさ、余所見してる間に人轢いて殺しちゃいましたってあるじゃん? あれも悪気が無かったからで許される事なの?」 「は、話しが飛躍してるんじゃないかな?」 「してないよ。人は生きているだけで、周りの何かに気を使って生活していかないといけないんだよ。少し考えれば分かるんじゃない? 女の子にそんな卑猥な物を見せちゃいけないって、ましてやそれを手のひらに乗せてあげるなんて理解不能なんだけど」 「いや、だって、へ、部屋に帰ってきた時くらいリラックスするじゃない? 思考能力が停止してて、自分でも驚いてるよ。己がそんな行動を取った事に。そんな気持ちが分からない訳じゃないだろ?」 「私は部屋でも、誰かに気を使って生活してるよ」  嘘ではない。リビングでは父や母に、部屋では恐子達に気を使って生活している。 「もっと、楽に生きようよ……」 「なんて?」 「あ、も、もっとさ、余裕を持って生きようよ!」 「何であんたに諭されなきゃいけないの?」 「いや、それは、君もだと思うよ」 「あぁ、そうか」 「俺の話しも少しだけ聞いてくれないかな? 君の話しも聞いたのだから」  まぁ話しくらいは聞いてあげてもいいか。 「なに?」 「疲れると思うんだよ。そんなに、いつでも気を使って生きていくのって。俺は、人に気を使うのが苦手だ。昔一つ歳上のキレやすい先輩が居てさ、変に気に入られちゃって、よく呼び出されてたんだけど、解放されたらどっと疲れが押し寄せて来るんだ。その先輩が卒業してからは疎遠になったからだいぶ楽になったんだけど、誰かに気を使って生きるのは窮屈だよ」 「パシリだったからでしょ?」 「えっ?」 「何か良い様に、変に気に入られちゃって、とか言ってるけど、パシリにされてたんでしょ? だから窮屈だったんでしょ?」 「いや、それは……」 「本当に気に入られてたらさぁ、卒業した後も遊びに誘うんじゃないの? 学校内だけのパシリとして使役してたから、卒業した後は用済みって事でしょ? あなたから縁切ったみたいな言い方してるけど、捨てられたのはあなたの方だから」 「そ、そ、そ……」 「良かったじゃん? 学校内だけに留めて置いてくれて、酷い例では外にまで呼び付けられて、卒業した後も金銭を要求されたりもするじゃん? その人が良識のある人で良かったね」 「イジメの加害者が、良識人な訳あるか!」  謎の男は、思わず辛い過去をカミングアウトしてしまった。 「あっ」 「あっ」    ……   「何かゴメンね、そこまで言わせるつもり無かったんだけど……イジメにまで発展してたとは思って無かったからさ……」 「いや、別にイジメってか——」 「ううん! もういいの。いいんだよ。そういうのってさ、被害に遭った本人がイジメられてたって思ってたら、そうなんだから」 「いや、あの、何ていうか……」 「忘れよう。私もテンガの件は忘れるから」  私は、意図せぬ場面で一発を返してしまったが為に、この男を殴り付けようという気にはもうなれなかった。 「俺、ダメージなんか負ってないよ? いいのかな? いいのかな?」  その声はただただ虚しく部屋に響いた。  私は、返事も出来ずに人生ゲームを片付け、キャリーバッグに衣類等と共に詰め始めた。  横で、テンガなる物を持ちながら延々と言い訳を重ねる男を視界から外し、何も言わずに猫ちゃんの部屋へと向かった。  
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