九頁 犬 弐 『何を言っているのやら』

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九頁 犬 弐 『何を言っているのやら』

九頁  犬 弐   『何を言っているのやら』   「わんちゃん? き、聞いて欲しい事があるんだよ」  また? ってかあれはもう終わっちゃったの? 女神から話し掛けられたら、あらかじめ決めていた事を言うってやつ。  せっかくあたし女神の隣の特等席なのに、そんな面白い……もとい、そんな貴重な場面見れなかったのかよ。  まぁ、別にあたしに害がある訳でも無いし、勝手に自爆してんならそれはそれで後日譚は聞きたいな。 「何があったの? 放課後、こないだ行った喫茶店で話そうよ」 「ありがとう、わんちゃん」  あまり教室内で話している姿を見られたく無いので、また外に呼びだした。  こちらの意図も知らず、あたしを良い友達だと勘違いしている猫宮を見ていると、それだけで笑いが込み上げて来る。でも今笑ってしまうとバレて……いや、コイツはあたしの企みになど気付かないだろう。何故かって、頭が悪いから。  せいぜいつまらない女子高生活の、ちょっとしたスパイスにでもなって欲しいものだ。  待ち合わせをした喫茶店に、またしても遅れてきた挙動不審な猫宮が入って来た。  ここまで来るのに何故時間が掛かるのか? 何に怯えているのか? あたしを見つけると、異様に長い八重歯を剥き出しながら席に着いて注文を済ませた。 「それで、聞いて欲しい話しって何なの?」  猫宮は、甘ったるそうなジュースを半分程ストローでちうちう吸った後、話しを始めた。 「め、女神が、話し掛けてくれないんだよ」  くだらねぇ。何かあったのかと思ったじゃん。何も起こって無い内に呼び出すんじゃないよ。あっ、呼び出したのはあたしの方か…… 「あれから一週間くらい経ったよね? まだ話し掛けて来ないか……」 「うん。メダカトラトスに毎日お祈りしてるんだけど効果が無いの……」  何だそれ? 気味悪いわ。掘り下げるのはよそう。 「あのね、猫がちっさい時にお母さんが買って来たんだけど——」  いや喋り出したんだけど? コイツに好き勝手喋らせているとロクな事が無い。 「大丈夫」 「へっ?」 「その話しは大丈夫。女神の話しをしようか」 「あっ、そうだね!」  何とか話しを切り替えられた。 「もうあんたから話し掛けてみたら?」 「そ、それが出来ないから猫は……」 「じゃないとずっとそのままだよ」 「確かにそれは……」  っていうか、二年もまだ始まったばかりなのに告白する馬鹿がどこにいる? 上手くいかなければ気不味くて仕様がないだろう? でも、ここまで時間を割いて促してやったのに、予期せぬ所で声を掛けられてしまったら台無しだ。 「勇気を出そうよ! あたしは女神の隣の席な訳だし、明日の放課後少し残るからさ」 「へっ? 何で?」 「味方が一人でも近くに居るって、心強くならない?」 「わんちゃん……ありがとう」  猫宮は振り絞った声であたしに礼を言った。  こんな、ふふっ、こんな事で、人の心は掌握できるのか?  何歳まで生きるのかは分からないが、これからの人生も楽勝で過ごしていけると確信していた。 「じゃあ明日決行しようねぇ」 「わ、わんちゃんがきっかけをくれるの?」 「はっ?」 「わんちゃんが女神と喋って、猫に話しを振ってくれるの?」 「はっ?」  冗談じゃない! 何故あたしが猫宮と仲が良い等と疑われかねない危険を侵さなければならないのか! あたしを道連れにするな。恥は一人で被れよ。  女神はその美貌が人目を引く所ではあるのだが、正直、性格がとても悪そうだった。  左隣の天使との会話を聞いていると、口が悪くて、自分の思い通りにならない事があるのが許せないという様な、あたしの中では腫れ物のイメージがついていた。  せっかく隣の席だし、気に入られれば擦り寄るが、わざわざ猫宮と仲が良いかの様なイメージを持たれる危険だけは避けたかった。 「あのね、猫宮? あたしはここまで真摯に話しを聞いてきた。あんたはいつまでも人におんぶに抱っこでいいの? ううん良くない。勇気を出して、その一歩を踏み出す事が大事なんだよ。大人になってから、この頃の事を思い出して、甘酸っぱい青春だったなって、でも勇気持って告白出来た事が誇らしいなって思える時が来るんだよ」  おっと、良さげな言葉を適当に並べていたら、まるで、上手くいかない前提の様な言い回しをしてしまった。しかし…… 「そう、だよね! ありがとうわんちゃん!」  ほらぁ、ほらぁぁあ? コイツはこのくらいのニュアンスじゃあ人の悪意に気付かない。あたしはそのギリギリの所を嗅ぎ分けて言葉を紡いでいるんだよ。 「それとね、わんちゃん……」 「ん? どうしたの?」 「も、もう一つ、悩みがあって」  忙しい女だなと思った。意外とあたしよりも青春を謳歌しているんじゃないかとさえ思った。 「なに?」  面白かったら聞きたいけど、つまらない話しだったらもう帰りたかった。 「小鳥って分かる?」 「スズメとか何か?」 「アハッ、アハ、アハハハハ」  何が可笑しい? 「うちのクラスにさ、小鳥優子って居るんだけど、その子が怖いの……」 「そんな子居たんだ。怖い? なにそれ?」 「し、執拗に猫に付き纏ってきたり、呪いをかけてきたり……」  おいおい、なんの話しをしている? 「どういう事?」 「ね、猫は殺される寸前だったんだよ! 怖いんだよ! わ、わんちゃん助けて!」  コイツは順を追って話しをするという事が出来ないのか? 今の話しじゃ何が起こっているのかさっぱり分からない。 「何があったのか分かりやすく説明してよ」 「そ、そうだね。まず、よく分からないけど首を絞められて、友達だと言われて、猫の家に泊まりに来て、ストローを咥えながら猫をずっと見ていて、商店街に行って、相合傘で近寄ったら喜んでいて、ラーメン屋の味玉クーポンが届いて、唐揚げを食べて、人生ゲームをして、呪いを掛けられたらルーレットの出目が悪くなって、ドアを開けてって発狂してたんだよ!」  いや、さっぱり分からない。何か色々言ってたけど、ラーメン屋の味玉クーポンは何の関係も無いと思う。 「よく分かんないけど無事なんだし良かったじゃん」 「い、いや、今日忘れ物を取りに教室に戻ったら、小鳥が一人できょうこさんと話しをしていて、気付かれない様に忘れ物を持って行こうとしたんだけど見つかってしまって、ま、また、猫の家に遊びに行くって言ったんだよ」  小鳥が一人できょうこさんと話してた? コイツは本当に、いつもいつも何を言っているのやら。 「断ればいいじゃん」 「そんな事したら、呪われるんだよ」  呪い? コイツは本当に、いつもいつも何を言っているのやら。 「家の事情で泊まらせられないとか言えば?」  あたしはもう帰りたかった。 「いつでも行くからって言うんだよ。そんなに毎日気の利いた事情作れないんだよ」  コイツは本当に、いつもいつも何を言っているのやら。 「じゃあ泊めてあげればいいじゃん。あんたとそんなに仲良くしようとする人なんて今後現れないよ」  あっ、本音がポロリ。しかし…… 「えっ、猫と仲良くしたいと思う人は現れないの?」  ヤベッ、勘付かれた。取り繕う必要も無いけど、面白いものを見るまでは、出来れば良好な関係で居たい。 「あ、あたし以外はね」  ちょっと苦しいか? 「わんちゃんはやっぱり、心の友だよ」  乗り越えた。まぁ、それ程高いハードルでも無かったけど。 「わ、わんちゃんも一緒に泊まりに来て欲しいんだよ」  はっ? 嫌だよ。面倒臭い事も然る事ながら、風呂のお湯を替えない不潔な家に泊まりに行きたく等無い。 「ちょっとあたしは、家が厳しいから」 「へっ? そうなの?」 「お泊まりは許してくれないんだよね」 「そっかぁ、じゃあわんちゃんの家にお泊まりだね」 「はっ?」  いや、もっと無理だから。知らない人を部屋に入れたく無い。あと、こんな不潔な女は家にすら入れたくない。 「あたしのウチは基本駄目なんだよねぇ。友達が泊まりに来る事とか」 「なんで?」 「両親がそういうの好きじゃないの」 「どうして?」  普段はこのくらいで撒けるのに、ここぞとばかりに猫宮は食らい付いてきた。 「そういう親っていっぱい居るんだよ? 猫宮はもっと常識を知らないとねぇ」 「じゃあ両親が了承したら大丈夫なんだね。分かったよ」  何だそれは? ウチの家族に何をするつもりか? まぁ家の場所も知らないのだし大丈夫か、猫宮特有の、何言ってんのか分かんないパターンか。 「そろそろ帰ろうか、明日、三上さん、って話し掛ければいいだけの話しなんだから」  そうすれば女神は、「なにっ?」とでも返し、ピタゴラスイッチの様にドミノは猫宮を地獄へと誘うのだろう。 「ありがとう。わんちゃん」  あたしには、この女に礼を言われる筋合い等無かった。
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