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「女神よ、いいタイミングで現れたな。何やら話があると言っていたが、それは後にしろ。
今は俺の質問に速やか且つ正確に、完結に答える事いいな?」
挙動不審な姫が凄まじい剣幕で何かを此方に訴えようとしていたところを、さっきのお返しと言わんばかりに光る指輪が遮った。
「良いでしょう。ですが、その代わりに1つ私に誓いを立てて頂きます。私は女神、代がなければ願いは叶えられませんよ?」
チッ、女神め此方の弱味に漬け込むとは、本当は悪魔なのではないか?
しかし今は背に腹はかえられん、ビジネスといこうではないか。
「分かりました。誓いとやらの内容をお伺いしても?」
「それは、貴方の願いの大きさで決まる事です」
ほぅ、伊達に長生きはしていないようだ。
優位交渉は続けるだけ時間を食う、屑籠だ。
「愚問でしたね、俺の質問は1つ。
こちらの世界で俺が体感した時間と、元いた世界より俺が消えてからの時間の流れの関係についてです」
「そんな事を知りたいのですか?
分かりました、答えましょう。
単刀直入に言えば、ありません。
詳しく説明する事が出来ませんが、この世界とあの世界は根本的に創りが違います。
創造神が違うとでもいいましょうか、勿論時も同様です。
ですので私が、直接貴方をチューニングしてこの世界に合わせたうえで移動させました。
チューンの影響は時間感覚だけでなく言語など多彩なところに現れていると思いますが、勇者として『貴方自身』はそのままである必要がありますので、記憶や性格等は保っております。
帰りも同様、あの世界にチューンした貴方を送ります。
といっても、これが結構大変ですので元の貴方のデータをそのまま上書きする事にしました。
ですので、あの世界は今も静止している訳ではありませんが、貴方を戻すのは貴方がこちらへ来たその瞬間になります。
その為、2つの世界の関係は全くありません」
つまり、パラレルの世界で俺は現在行方不明で、大遅刻寸前か既に遅刻しているかもしれないという事か・・・
まっさらな白シャツに染みが付いた気分だ。
許せない程の怒哀で一杯で、こんな気持ちは生まれて初めてだ・・・
彼女の出す手は分かっている。
『この世界を救う』と誓わせるのだろう。
この誓約は交換条件というだけでなく、元の世界に戻る為にも避ける事は出来ない強制だ。
分かってはいたのだが・・・あまりにも理不尽ではないか・・・
「分かった、誓おう。
この俺、鷺ノ宮一煌は『この世界を救う』と女神ヤマトトトヒモモソヒメに誓う」
途端に指輪と台座、そして起き上がった騎士長の目がキラキラと輝いた。
「確かに聞き届けましたよ。では私が伝え残した事をするとしましょう。
勇者一煌、突然この様な大義を背負わせてしまう貴方へ僅かながら力を授けましょう。
何か願いはありますか?」
願い・・・俺の願いは――
「なら・・・彼を治してやってくれ」
俺は徐に、倒れているゴブリンを指さした。
「勇者様!そ奴はこの国を滅ぼそうとする魔族、情けなど不要!」
怒声を張り上げ掴みかからんとする騎士長を制止すると、女神は真剣な顔で生気の抜けた俺の顔を見据えて、静かに囁いた。
「本当に、それで宜しいのですね?」
コクリと首を落とすと、ゴブリンは指輪の光に包まれ、次に見た姿は傷一つ無い姿となっていた。
仕事を終えると挨拶も無しに女神は指輪の光と共に消えていた。
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