§4

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§4

 感染症の世界的な流行は緩やかに下火になっていった。  日々発表される感染者の数が徐々に減っていき、外出禁止令が解かれると、街は驚くほどの素早さで日常を取り戻していく。  けれど、戻ってきた日常は以前とはどこか違って見える。漠然とした不安を抱えたまま静かに閉じこもっていた日々が、自分の中の何かを少しだけ変えたのだ。  雑踏のざわめきも、前ほど刺々しく聞こえない。私が「いとでんわ」で話した相手の声もその中に混じっているかもしれない、と想像するせいだろうか。  レナとカイ君の結婚式は予定通り行われることが決まった。嬉しくて、私は初めて自分でネイルサロンの予約を入れた。親友のウェディングのためなんです、とお願いすると、ほっそりとした手のネイリストさんは自分のことのように喜んで、私の爪を華やかなパールピンクで彩ってくれた。  式の前の日に、レナと電話で話した。あの豪快なレナが「泣いたらどうしよう」などと言うのが可愛かった。 「大丈夫。私の方が先に泣くから」 「えーやめてよ。ユリカに泣かれたら私号泣だよ」 「頑張るよ」  ウェディングドレス姿の親友の姿を想像するだけで泣けてくるなんてことは、打ち明けずにいた方がよさそうだった。 「高校の同級生も来るんでしょ?」 「うん。カイの友達もいるから、知らない人もいると思うけど」  人見知りの私のことをレナは気にかけてくれているらしい。でも私は心の底から「楽しみにしてる」と言って電話を切った。  当日はよく晴れた、風の気持ちいい日だった。どんなときも周りを笑顔にしてくれるレナとカイ君に相応しいお天気だと思う。やっぱり、神様はいい人にはどこかでちゃんとご褒美を用意しているのだ。  そして、いい人かどうか微妙な私にまでご褒美があったのは、多分そんな二人からのおすそ分けだったのだろう。渡された席次表にその名前を見つけて、コサージュを付けたワンピースの胸元が密かに弾んだ。  高校時代に、ルーズリーフに何度も何度も下書きをした名前。息を詰めるようにして、とっておきの便せんにしたためた名前。でも結局、清書したそれを渡す勇気がなく、諦めて一度はゴミ箱に捨ててしまった名前。  彼が、デートに遅れそうな友達のために掃除当番を買って出てくれるような人でよかった。あのときゴミ捨てを代わってあげた友達って、もしかしたらカイ君だったのかもしれない。  新郎友人席のテーブルで、何人かが朗らかな笑い声を上げた。目を上げてそちらの様子をうかがうと、高校時代にいつも遠くから見つめていた顔があった。  目が合いそうになって、私は慌てて視線を逸らす。でも、心の中で密かに決意をする。  式が終わったら、彼の後を追いかけて同じエレベーターに乗ろう。そして、もし一緒に二次会に向かうことができるようだったら、思い切って話しかけてみよう。  あのラブレターを今も持っていてくれてありがとう、と。あと、初めてあなたと話すことができて本当に嬉しかったです、と。  サービスは終了してしまったけれど、あの「いとでんわ」のアイコンは、私の心の中に今もお守りのように残っている。 (了)
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