窓辺にて

1/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
 窓を開けると朝の涼しい風が入ってくる。 私の背中まである長い髪をサラサラと揺らしていった。 髪ともに白い木綿のワンピースも風を含んでふわりと揺れる。 フト、髪をかきあげた自分の指が目に入った。 白くて細い指。日に焼けていないからね。最近外に出ていないからなぁ。 体も華奢で、「瘦せすぎです。生命維持のため太りましょう」って健康診断の結果にいつも出る。 昔の女の子たちは、瘦せたかったときく。 そうなのかなぁ? まあね、太り過ぎると身体が重くなっちゃって動きづらいからかな。 そんなに細くなりすぎず、ほど良い体重維持で良いんじゃないかなぁ。 でも外に出ていなくて、私の運動不足なのは確か。 しばらく家にこもって作業しているからね。 私がこもっているうちに、季節はうつって行く。 今はまだ柔らかい陽射しだが、これから高く昇るにつれて夏の輝く光になるのだ。  私はヤカンをIHの上にのせてお湯を沸かしはじめた。 シュンシュンとお湯が沸くとディンブラの茶葉とポットに入れて、ゆっくりと蒸らす。 ティーポットの中では紅茶の茶葉が踊って、紅茶の香りが部屋の中に漂ってきた。 紅茶にはたっぷりミルクを入れたミルクティーと、トーストとオムレツが今朝の朝食だ。 朝食の後は皿洗いと家の中の掃除を軽くすませて、キャンバスに向かう。 家の前から坂道を下ったふもとまで、夏の陽射しのなか一面に生き生きと今を盛りと咲いているヒマワリの花畑の姿を残しておきたかったから。 11時になったらイレブンジズのティータイムでひと休み。 クッキーを少しつまみながらしばし休憩する。 その後お昼までまたキャンバスに向かい一心不乱に描き続け、ひと段落したところで昼食にした。 昼食は軽くホットケーキにした。 メープルシロップをかけてフランベしたバナナも添える。 私の大好物なのだ。 昼食後の食休み。最近の私のひと休みの時間のお気に入りは、南の島の写真集とハワイアンの音楽の組み合わせ。 ゆったりとした時間にうもれて、なんとも言えない良い気持ちになる。 私は海を見たことがないので、とても海に憧れてしまう。 波が寄せては返し、寄せては返し、塩辛い水なのだって。 この空の彼方に海はあるんだよなぁと、思いは漂って行く。 風の中に塩の香りがしたような気がした。 いけない、いけない、いつまでももんびりとしてはいけないと、再び描く作業を開始した。 午後のティータイムまで絵を描くことに没頭する。 今日は筆がのってずいぶんと進んでいる。完成も見えてきた気がする。 4時になったら今度はちょっと優雅にアフタヌーンティーにした。 濃いめのウバァのミルクティーをいれて、今日のスイーツはスコーンにした。オーブンで温めてクローテッドクリームを添える。 これはイギリスの定番のお菓子らしい。本で読んで知っただけで、イギリスには行ったこともないけれど。 さっきまでヒマワリを描くのに夢中になっていたので、自分では気がついていなかったけれど、やはりくたびれていたらしい。 紅茶を飲むとホッとした。肩もこっていたみたい。 ウーーンと伸びをした。 今日はこのへんにしようかなと思いつつ、しばらく夏の午後の明るい陽射しと、窓の外の景色を眺めていた。  窓辺からはふもとにロボットたちが、忙しそうに働いているのが見える。 工場で色々な物を製造している。 水耕栽培の野菜や果物。多種多様な加工食品や飲料。衣料品に住まいに必要なさまざまな物。嗜好品や娯楽用品。 一日中休むことなく働いている。 もう私しかいないのに…。 この地球で最後の一人の人間になった私には、一生かかっても使いきれない量を、ロボットたちは毎日律儀に作り続けているのだ。 一人になってどのくらい経つだろうか?  ふと考える。ずいぶんと長い時間が経ったと思う。 昔は人間があのふもとにいるロボットたちくらいにたくさんいたらしい。 私は覚えていないけれども。  窓辺にたたずんでいると、突然何かが部屋に飛び込んできた。 ソファーの下に入り込んでバタバタと音をたてている。恐る恐る覗くと、それは小さな茶色の小鳥だった。 飛んでいるうちに、勢いあまって私の家に飛び込んでしまったのだろう。 窓のガラスに外の風景が反射したのかな。 下にもぐって、なんとか小鳥を助け出した。力を入れるとつぶしてしまいそうな小ささ。 ピーピーと悲し気に鳴いているのが聞こえる。 手のひらで包むと、温かく丸く柔らかい。トクトクと心臓の鼓動を感じて、愛おしい想いでいっぱいになった。 ゆっくり部屋を手の中の小さなものを感じながら横切る。 ずっとこのまま温かさを感じていたかったけど、それはいけないよね。 そして、私は窓辺で手のひらを開いた。 小鳥は嬉しそうに思いっ切り羽ばたいて、夏の光の中に飛んで行った。 さっきの悲し気な声とは、まったく違う楽し気な鳴き声。 嬉しくて楽しくて幸せだって声でさえずって、空高く飛んで空の青にとけて行った。 不意になんだか涙が溢れた。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!