勇気の剣

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 剣道は、礼に始まり礼に終わる武道だ。試合終了後も、相手への礼を忘れてはならない。  勇基と瞬は、二人揃って開始線へと戻る。互いに向き合い、蹲踞する。  相手への対抗心と共に、竹刀を腰に納めて立ち上がる。  五歩下がり、礼をする。続いて正面へと礼。  再び向き合い、そのまま後ずさりして試合場を出る。そこで、勇基の緊張の糸が切れた。  試合の間は、すっかり忘れていた左足の痛み。蹲踞から立ち上がった際に鋭く痛んだのを何とか堪えたが、もう歩くのも困難になっていた。  ほとんど倒れるようにして、勇基はその場にうずくまる。体の左半分を庇いながら、どうにかして右足だけで立ち上がろうとする。  その勇基の肩を支えて抱き起したのは、瞬だった。  試合中、勇基の左足の異変にも瞬は気が付いていた。その瞬が、試合場を出たところで素早く勇基の元まで駆け寄っていた。 「……よく頑張ったな、勇基……負けたぜ」  勇基に肩を貸しながら、瞬は自らの敗北を口にした。  そこには嫌味や皮肉の類は無く、純粋に勇基の健闘を称えていた。  勇基に勝ったら晴夏に告白する――その決意をふいにした無念など全く感じられない、晴れ晴れとした表情で。 (負けるっていうのは、悔しいもんだと思ってた。でも、今……それ以上に、嬉しい気持ちでいっぱいだ)  幼馴染の親友が、恐れることなく自分に向かってきてくれた。  これまで誰も倒すことが出来なかった無敗の自分に、勇基が勝ってくれた。  その親友の奮闘を素直に喜び、称えたい気持ちが瞬の胸の奥からふつふつと湧き上がる。  誰よりも勇基と競い合ってきた瞬だから。  自分が敗北した悔しさをぶつけるよりも、今は親友と喜びを分かち合いたくて仕方がなかった。  だからといって、二人の間から競争心が無くなった訳ではない。  一つの勝負を終え、微笑みを交わす勇基と瞬。二人は交じり合う視線の中で、再戦を誓い合っていた。 「……晴夏に先に告白する権利は、お前にやるよ。けど、次の勝負は俺がもらうぜ」 「あぁ。次にお前と戦うのは、インターハイだな」 「いや……」  勇基の言葉に否定で返事をする瞬。  勇基は一瞬、意外だという表情を浮かべた。  だが、次に発した瞬の言葉から自信に満ちた笑顔を取り戻す。 「その前に玉竜旗だ。メンバー揃えて来いよ。全員、俺がなぎ倒してやる」 「いいや、今度も俺が勝つさ。もう瞬の突きは怖くない。俺の剣には……誰にも負けない勇気が宿っているからな」  面金越しに勇基をまっすぐと見返す瞬の瞳。「それは俺も同じだ」とライバルを見つめていた。  試合の勝敗に関係なく、二人は自分自身と相手の大きな成長を感じ取っていた。  二人同時に観客席を見上げれば、大きな拍手を送り続けているもう一人の幼馴染が見える。  勇基も瞬も、今日の試合に負けられないと強く思った切っ掛けは一つ。  二人にとって大事な幼馴染である晴夏への想いだ。  だからこそライバルに勝ちたいと願い、そのための勇気を欲しがった。  自分の剣に宿る、勇気という名の大きな心――ライバルへの恐怖心を克服した今、勝った勇基も負けた瞬も、それを等しく手にしていた。  その切っ掛けを与えてくれた大切な人の名前を、二人は大きな声で呼んだ。
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