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勇気の剣
「始めッ」
主審の合図と同時に立ち上がり、竹刀を構える。
その直後、瞬が突いてきた。
勇基は咄嗟に対処が取れず、喉元にモロに食らってしまった。
主審が手にした赤い旗が上げられ、瞬の有効打突が宣告される。
「突きありッ」
衝撃で倒れ込んだ勇基は、えぐれたように痛む喉を押さえて激しく咳き込む。
ゲホッゲホッと、まるで血を吐くかのように喉の奥が熱い。
突然の出来事と痛みのショックから、記憶までも揺らぎ出す。
何故、自分はここにいるのかと思わず頭の中で問い掛ける。
今日は剣道の高校総体の神奈川県予選の日。本郷勇基は、個人戦の決勝戦まで勝ち進んできた。
その決勝戦の相手――速水瞬に、いきなり突きを食らって一本先取されたところだ。
「白、本郷君。やれるかね?」
未だ起き上がれずにいる勇基に、主審が声を掛ける。
正直、勇基の戦意はかなり削がれていた。突き垂れの上から受けて、このダメージ……もし次また瞬が突きを繰り出し、それが突き垂れを外れて喉を襲ったらと思うと汗がどっと流れ出る。
勇基が立てずにいる理由は、喉の痛みによるものだけではない。それを主審も感じ取ったのかもしれない。
勇基に掛けられた声色には、無理をするんじゃないという心情が現れていた。
個人戦でインターハイに出場できるのは、各県から代表二名。
つまり決勝戦まで勝ち進んだ時点で、勇基のインターハイ出場は決まっている。
この決勝戦で敗退や棄権したとしても、その権利が失われる訳ではない。
だったら突きの痛みと恐怖に負けて棄権しても良いではないか。
まして相手は、県内屈指の実力者である速水瞬。勇基は、瞬の実力のほどを小学生の頃から知っていた。
同じ町内で育った幼馴染の勇基と瞬――二人は小学生の頃から、同じ道場に通って剣道を習ってきた。
その道場での稽古の最中、勇基は今と同じように瞬の突き技を食らった。
小学生の試合では禁止されている突き技――そのあまりの威力に、勇基は衝撃を受けた。そして、恐怖を覚えた。
それ以来、勇基は瞬に勝ったためしが無かった。圧倒的な実力差で自分を負かした瞬を――瞬が放った突き技を恐れるようになっていた。
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