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(負ける……俺は、また瞬に負けるのか……)
互いの実力差から仕方がないと思いながらも、心の奥底では認められない敗北感。
痛みのせいか悔しさからか、勇基の目には涙が浮かんでいる。
キュッと目を閉じて涙を振り払い、顔を上げて目を開くと観客席が見えた。
(晴夏……)
観客席から心配そうに試合を見守る、もう一人の幼馴染の姿が目に映った。
この予選会の一週間前、勇基と瞬は地元の道場での稽古に臨んだ。
その際、瞬から告げられた言葉に勇基は強いショックを受けた。
『勇基……今度のインハイ予選、俺はお前に勝ったら晴夏に告白する』
ずっと同じ町で育ちながら気が付かなかった、瞬の晴夏への恋心。そして、宣戦布告。
晴夏が瞬に同じ感情を抱いているかは分からない。
だが、二人が付き合う確率がゼロだとは言い切れない。このまま勇基が負けてしまうのなら。
試合に負け、その上、晴夏まで取られてしまうのか……それだけは嫌だと、勇基は挫けそうになっていた気持ちを持ち直して立ち上がる。
「……やれます!」
未だ焼け付く喉の奥から声を振り絞って、主審に応える。
一瞬のためらいを見せた後、主審もその気持ちに肯んじた。
「二本目ッ」
後手に回れば、また瞬の突きに狙われる。自分から前に出て先手を打たなければ。
そう思って踏みしめた勇基の左足に、ピリッと痛みが走った。
剣道は通常、左足で踏み切って打突を行う。その大事な左足首に、勇基は負傷を抱えていた。
一週間前――道場で瞬から晴夏への気持ちを告げられた後の稽古の時だ。
動揺を抑えることが出来ないまま瞬と向き合った勇基は、頭の中が真っ白になり無我夢中で瞬に突っ込んだ。
咄嗟に瞬が避けたことにも気が付かず、勇基は前のめりになって倒れ込んでしまった。
その時に、左足首を挫いてしまったのだ。
予選会に備え、この一週間は安静に過ごしてきた。その甲斐もあってか、腫れも痛みもだいぶ引いていた。
迎えた予選会では、念のためテーピングを巻いて試合に臨んできた。
準決勝の時まではチラリともよぎらなかった左足の痛みが、ここに来てまた蘇った。
いや、瞬に一本取られたことで気後れが生じ、そのせいで故障した左足のことを思い出してしまったのかもしれない。
どちらにせよ、勇基は自分がますます不利な状況に追い詰められたことを自覚した。
背中を汗がじわりと濡らす。瞬の体が、やけに大きく見える。
瞬は勇基を更に精神的に切り崩そうと、右足をドンと踏み鳴らす。
勇基は危うく剣先を下げそうになるのを堪えた。これ以上、瞬に付け入る隙は与えられない。
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