1人が本棚に入れています
本棚に追加
「上段……!」
竹刀を頭上に振り上げ、右足を後ろに引いた構え――上段の構えだ。
火の構えとも呼ばれる、防御を捨てて攻撃に特化した構え。
その構えを取ったところに勇基の闘志が窺える。
長年、一緒に稽古をしてきた間柄だからこそ、瞬は勇基が上段に構えたことに驚いた。
勇基はこれまで、基本の中段を崩したことが無かったからだ。
それと同時に「考えたな……」とも思っていた。
上段であれば、右足で踏み切ることが出来る。痛めた左足で踏み切るより、素早い一撃を放つことも可能だ。
(だが……その分、喉元がガラ空きだぜ)
両腕を大きく振り上げれば当然、首から下が無防備になる。
そんなことは勇基も承知の上だ。瞬が突きを狙ってくることを分かった上で、あえて首を晒している。
上段の構えを取ったことに、瞬も勇基の覚悟を感じ取る。
瞬に対して、最後まで一歩も引かない姿勢を見せている。
ならば望み通り突きを放ち、この試合を終わらせてくれる――瞬が竹刀の柄を絞った。
――ツキ!
勇基の喉を目掛けて突かれる瞬の剣。
小学生の時、この突きを食らったのが始まりだった。
あれ以来、勇基は瞬に勝てていない。
幼馴染だと思っていた相手に、初めて実力の差を見せつけられた瞬間。
その瞬間から、勇基は全てにおいて瞬には敵わないという考えに囚われてしまっていた。
(その想い……今日こそ断ち切る!)
自分の喉元に向かってくる瞬の剣を、勇基は真上から思い切り叩きつけた。
流石に瞬は竹刀を手から落としこそしなかったが、剣先は下を向いた。
その隙を逃さず、勇基が素早く距離を詰める。
――メン!
大きな音が弾けた。次いで主審の手から白い旗が上げられる。
勇基の技が見事に決まったのだ。
その事実に、瞬は半ば呆然としていた。
最初のコメントを投稿しよう!