ちょっとアマゾンへ

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「狭山くん。オーストラリアで大火災だってさ…。」 うちのアパートには、ドラゴンが住んでいる。 名前は“狭山くん” どうやら随分と昔に爺ちゃんが、どっからか拾ってきたらしく、僕が生まれた時には既にこの“昭和荘”に棲み着いていた。 この“昭和荘”は、名前の通り昭和初期に建てられたボロ・アパートだ。 僕の先祖は、代々この土地で庄屋をしてたらしい。都市部の真っ只中に畑が二反あり、その隣に古びた昭和荘は建っており、そのアパートにも僕たち家族しか今は住んでいない。 そして爺ちゃんが死んでからは、主に僕が家族の中でも細々と面倒を見てる方だ。 「あ〜コアラが沢山死んだってやつだろ?ヒロシお前いつの話してるんだよ」 狭山くんは、アパートの壁を全てぶち抜いた2LDKに1頭で住んでいる。 いつか二階にある全ての部屋を打ち抜かなきゃいけない時が、確実に来るだろう。 「狭山くんは、何で手助けしに行かなかったの?」 「え〜だって面倒臭ぇもん」 狭山くんは、動画サイトを朝から晩まで観ている。 “引篭りドラゴン”だ。 「雨を降らせるのなんて、朝飯前でしょ?」 「俺…濡れるの嫌い」 狭山くんが本当は何歳で何処から来たのか、誰も知らない。 「狭山くん。たまには、お散歩でもしてきたら?気分転換に」 鋭いかぎ爪で、器用にキーボードを叩いている。 「“お散歩“なら、つい最近したぞ?」 「え?ホント?いつの話?」 「爺さんが死ぬ前だから、つい最近…30年ぐらい前か?」 狭山くんは、長い髭を爪の先でポリポリと掻きながら、ちらりを俺を見た。 「人間界では、それってつい最近って言わないよ」 狭山くんの、尻尾に触れない様に、壁伝いに歩く。この2LDKでも彼には窮屈かも知れない。 尻尾の先には鋭い鱗がびっしりと生えていて、ひとつひとつが、ナイフの様に鋭利で危険だ。 「俺にしてみたら、瞬き3回分ぐらいだ」 「瞬き3回分?!」 狭山くんについて、知らないことばかりだ。 神様の生き物だから、時間の流れる速さも違うのだろうか? 「嘘に決まってるだろ」 狭山くんは、どーでも良い嘘も付く。 …何処からどこ迄が嘘なのかも分からんけど、別に気にもしない。 兎に角、“彼”はグータラなのだ。 「あ…メリジューヌからメッセ来た」 よく分からないが、ネットの友達も多いらしい。異形の者たちは、人間達の知らないところで、こうやって情報共有もしてるらしい。 「ねぇ…背中にカビ生えてるよ?」 緑色のものが、耳の後ろの鱗の縁に付いているのが見えた。 狭山くんは、ガリガリとかぎ爪で、耳の裏を引っ掻くと、ナイフが擦れ合う様な音がして、割れたガラスの破片の様なものが部屋に舞った。 「ちょ…狭山くん。危ないよっ!」 パラパラと落ちて、細かい破片が畳に次々と突き刺さった。 「俺…風呂…入ったのいつだっけ?」 爪についた緑のものを、長い舌で舐めとった。 …ちょっと。汚い。 引篭りはともかく、汚いのは勘弁だ。 「狭山くんってお風呂に入るの?」 それすら聞いたことがない。 「俺ってこう見えて、割と綺麗好きなのよ?」 狭山くんは、大きく伸びをひとつすると、徐に、はき出し窓を開けた。 それは狭山くん専用に、爺ちゃんが昔作ったものだ。 「ちょっとアマゾン行ってくるわ」 ずるずると面倒臭そうに、尻尾を動かした。 「飯までには、帰るって伝えといて?あ。あと窓閉めといてくれよな」 狭山くんは、しゅっと光の速さに匹敵する様な、素早い動きで空へと舞い上がって消えた。 ーーードンッ! その瞬間、雷鳴の様な音が空に轟き、窓ガラスがビリビリと音を立て、アパート全体がギシギシと揺れた。 狭山くんが教えてくれたから、ホントかどうか分からんが、“ソニック・ブーム”と言うらしい。 戦闘機なんかが、音速を超えた時に出る音だとか。
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