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彼女と連絡をとらなくなってから数週間が経った。このままでいいのかと、このままでいいわけないと、自分に言い聞かせるけれど、おれは結局なにも行動に移さずにいた。
なにをしたら、なにをどうしたらいいのか、わからなかった。
きっかけは些細なことだった。それすら覚えていないくらい、小さなことで。もしかしたらそういったことが積み重なった結果だったのかもしれない。
彼女と同棲を始めて2年。うまくいっていた。そう思っていた。
喧嘩をしたあの日、彼女はこの家を出て行った。荷物をまとめていたわけではないから、実家にでも帰ったのだろう。ただ確信がなくて、結局友達伝いで確認をとった。
なんて情けないのだろうと、自分が嫌になった。
「あー、ほんと、なにやってんだおれ。」
ソファに横になり呟いたそれに答えるように、猫がニャーと鳴いた。おれの上で丸まったシロはこんなときでもやさしいらしい。やさしく撫でると喉を鳴らして喜ぶ。
気が向いたときだけ甘えて、気が向かないときは冷たい。だから猫はかわいいのだと彼女がよく言っていた。
シロは、彼女が拾ってきた猫だった。彼女はいつもシロをかわいがり、写真を撮っていた。
彼女はカメラが好きだった。でかけるときは必ず首からカメラを下げる。首から一眼レフを下げ、カバンには写ルンですが入っていた。
そう言えばあの写ルンです、現像しようって言ってたっけ。
思い出したおれは写ルンですを探した。
探していたそれは意外とあっさり見つかり、彼女が使っている一眼レフの隣に置いてあった。
彼女はいつもレンズ越しになにを見ていたのだろう。彼女が見る世界はどんなものなのだろう。
一眼レフの電源を入れて彼女が見ていた世界をみた。そこに映るのは花とか空とか、シロと、たまにおれだった。
「いい写真だな、」
やさしく温かみのある彼女の写真がおれは好きだった。
そんな写真を撮る彼女ももちろん好きだ。
以前旅行に行ったとき彼女はおれに写ルンですを渡してきた。おれがシャッター切るときと言えば彼女が笑ったときとか、おいしそうにご飯を食べるときとか、彼女が眠っているときとかで。現像してから気づいたのだが、おれは彼女しか撮っていなかった。
彼女は一つの写ルンですをしばらく持ち歩いていた。
どうらやそれは大切にシャッターを切るものらしく彼女はよくこう言った。
「これは愛しいと思ったものしか撮らないよ。」
と。
思い返せばそのときはいつだったのか、彼女がそれを持っている姿をあまり見たことがない気がした。
彼女が、"愛しい"と思うものはなんなのか、知りたくなった。
おれは軽くでかける準備をして、近くのカメラ屋に向かった。
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