アイツと俺との因縁

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アイツと俺との因縁

 ウチは代々魚屋で生計を立てている。何でも江戸の頃から魚屋だって聞いているが本当かどうかは分からない。  だが、俺が知る限り爺ちゃんの頃には魚屋だった。  俺は昔ヤンチャして『生臭ぇ魚屋なんかに誰がなってやるか!』と飛び出したが、いつの間にか戻ってきてハチマキに長靴、屋号が入った前掛けして魚屋を継いでいるんだから不思議だよな……。  言い忘れていたが俺は伊吹正太郎、花も恥じらう二十五歳のイケメンよ! 「正ちゃん、今日のお勧めは何だい?」  おっ?早速お客が来たぜ。 「高瀬のバアちゃん、ウチは何でも新鮮でオススメだぜ!でも、今日特にオススメはこのヒラメかねぇ……煮付けにすりゃ最高ってモンよ!」 「そうかい。それじゃ一匹貰おうかね?」 「毎度アリ!ん……バアちゃん、何か細くなったか?コイツはいけねぇや……ついでに蛤とシラスもサービスだ!」 「正ちゃん、いつも悪いねぇ」 「なぁに、バアちゃんにはいつも贔屓にして貰ってるからな……長生きしてくれよ?」  ……とまぁ、こんな風に商売やってんのさ。  昨今は何でもスーパーで手に入るから店をたたむトコも増えたが、ウチは持ちつ持たれつだ。お得意さんは家族と同じ……だから不景気知らずよ。  配送、切り分け、料理の仕方まで教えて時には日曜大工もやるなんざウチくれぇなモンだろうけどな?  だが……そんな由緒正しい魚屋たるウチに最近、最強の敵が現れた。 「今日も来やがったな?」  ノッソリと姿を見せたのは茶虎の猫……そう、猫だ。キャットだ、キャット。  だが、コイツは普通の猫じゃねぇ。とにかく人の隙を突くのが巧い。気付くと一匹持って行かれる。  今までウチは猫に恵んだことはあるが奪われたことはなかった。だが、コイツは悠々と持って行きやがる。屈辱であると同時に恐ろしささえ感じる。  そしてコイツにはルールがあるらしい。近所で狙われるのはウチだけ。そして一日一匹だけを奪いやがる。  つまり……一日一度のみのタイマン勝負ってヤツだ。 「ニャン公……今日こそは負けねぇぞ?」 「……………」  素知らぬ顔で店の前を通り抜けるニャン公。だが、これは俺を油断させる罠だ。  ニャン公はしばらく向かいの八百屋の親父に撫でられた後、アクビを吐いて退屈そうに横になり尻尾を動かしている。ムムム……何という演技力か! 「正ちゃん、イワシとマグロの切り身あるかしら?」 「あいよっ!マグロはキハダが新鮮だ!それにしても今日も肌ツヤツヤだね、石原の奥さん!」 「ヤダよぉ、正ちゃんたら。ついでにカツオの切り身も貰っちゃおうかな」 「へい、毎度!」  この瞬間も目の端でニャン公を追っていた俺だが………って何ィィ!ニャン公が消えた!  慌てて周囲を見回せば既にイワシを引き摺るニャン公の姿が……。あんニャロメ……勝ち誇ってやがる。 「くっ!逃がさ……」 「正ちゃん、お幾ら?」 「え?え~っとね……」  石原の奥さんの声に振り返った後、再度ニャン公を捜すも既に姿はない。 (くっ……今日も負けたか……)  因みに戦績は三十五戦全敗──後を追っても見失う。  ヤツは最強の敵──俺はいつかヤツに勝たなければならない。何故なら負けず嫌いだからだ。  損失?んなものは無い。実はこの勝負、御近所さんでも有名らしい。それを見たさにニャン公に荷担する客までいるが、その分買い物してくれてるから損はない。  どうも裏で親父が客寄せも兼ねた吹聴したらしいが、そんなことはどうでも良い。俺は勝つ!ヤツに負けっぱなしというのは性に合わん!  そんな俺とニャン公の対決に転機が訪れる。今朝方、鯛の良いヤツが手に入ったのだ。  早速店に出して見る。この見事さ……きっとヤツもコイツを狙ってくるだろう。そして重さで上手く運べないところを捕まえる……我ながら完璧な計画だ。  この戦い──今日こそは負けられねぇ!  そうしてしばらく客とのやり取りをしていた俺の視界に遂にヤツが現れた。  ヤツめ……やはり鯛の良さに気付いたな?フッ……だが、今回はお前の目標が分かっているぜ。絶対に目は離さん! 「正ちゃん、イカはあるかい?」 「あいよっ!」 「鮭の切り身頼めるかな?」 「へい、おまち!」 「いつもの刺身セットお願いね?」 「毎度ありぃ!」  ……。何か急に忙しくなったな……。ま、まぁ良い。お目当ての鯛はまだ健在……コイツが無事売れりゃあ俺の勝ちだ。 「ほぉ~。見事な鯛だな」 「これは町内会長さん、お目が高い。今朝取れた新鮮ピチピチよ!」 「そうか……。良し!じゃあコイツを頼もうか。今日は町内会があるから刺身にして公民館まで届けてくれるか?」 「毎度あり!」  勝った……!遂に勝ったぞ!代金を預かり俺が誇らしげにニャン公を見た瞬間……ソイツは起こった。  何とニャン公はアジを咥えていたのだ! 「な、何ィ!ば、馬鹿な……!?」  悠々と立ち去るニャン公……。くっ!まさか真剣勝負を無視するたぁ……。  しかし……あのアジは少々大振り……。やはり動きが鈍い。欲をかいたな、ニャン公……。  ならば今日こそ決着を付けてやる!  この瞬間の為に今日は運動靴……前掛けを取った俺は、このまま一気にニャン公を追う。 「親父!店を頼んだぜ!」 「やれやれ……あんまり苛めてやんなよ?」  魚を必死に運ぶニャン公は意外に速い!最近運動不足の俺と良い勝負だ!植え込みや狭い路地での追い掛けっこは、やがてウチの裏手にある神社にまで続いた。  俺が神社に辿り着いた時、床下に潜り込むのが見えた。そうか……ここがヤツの根城だな?  意を決してニャン公の後を追い遂に追い詰めた俺は叫ぶ! 「見付けたぜ、ニャン公!これが年貢のお……さめ……」  そこに居たのは確かにニャン公だった。だが、一匹じゃあなかった。  小せぇのがひの、ふの、みの……五匹も居やがるぜ。  子猫はニャン公が持ってきたアジを美味そうに齧ってやがる……。そうか、ニャン公……お前は……。 「おっ母さんだったのか……。ガキ共の為にやってたんだな?」 「…………」  ニャン公は尻尾を揺らして応えた。おいおい……ズリぃじゃねぇかよ、コレはよぉ。これじゃ勝てねぇわ。  子ニャン公どもの為に遠くに離れられなかったんだな?だから一日一回……一番近いウチにだけ来てた訳か。何回も同じ店に来るのだって覚悟が居るだろうによ……。  床下にペタリと座りニャン公と見詰め合ってると、子ニャン公どもが俺に寄ってきた。こりゃあもう駄目だな……。 「よう、ニャン公。勝負は引き分けで良いか?」  ニャン公は小さく一鳴きした。どうやら因縁の対決はここで終わりの様だ。  全く……母は強し、ってな。帰ったらお袋の肩でも揉んでやるかな。おっと……その前に鯛を刺身にしねぇとな。  一ヶ月後────。 「へい、らっしゃい!」 「今日は何がお勧め?」 「今日はの良いのが入ったんだ。どうだい?」 「じゃあ頂くわね」  俺は相変わらず魚屋やってる。  だけどニャン公との戦いはあれから無い。ニャン公とは引き分けで決着したのだ。  そしてそのニャン公はというと……。 「じゃあね、ニャンちゃん」 「ニャア~」  今じゃウチの招き猫をやってるぜ。勿論、子ニャン公どもも今じゃウチの家族だ。  さぁ!今日も仕事だ! 「らっしゃい、らっしゃい!今日も新鮮な魚が入ってるよ~?」
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