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「確かに、カノンは美しいわ。村で一番……どんな女の子よりも。神様が欲しいと思うのもわからないことじゃない……でもカノンは本当にそれでいいの?生贄にされた子供は、誰ひとり人間の世界に帰ってこられないのよ?」
生贄として選ばれた子供は、教主様に付き添われて神殿の奥に行き――そしてそのまま二度と戻っては来ないのである。一説によればアマルタントの神様は恐ろしいドラゴンの姿をしていて、教主様の目の前で美しい子供を頭からバリバリ食べてしまい、骨も残らないのではないか、なんてことを言われている。ビアンカは恐ろしくてならなかった。カノンがもしそんな目に遭って死ぬというのなら――そんなこと、果たして許されていいのか。いくら、神様が望むのだとしても、だ。
「私、神様が本当にいるのかどうかもわからないし、正直信じてないの。神様が守ってくれるから村は平和が続くというけど、そもそもこの国の情勢事態がこの数百年安定しているじゃない。山に囲まれている立地だから、村が外敵に襲われることもまずないわ。平和が続くのは本当に神様のおかげなの?」
「ビアンカ、滅多なことを言うものじゃない」
「だって!」
「お前が言いたいことはわかる。俺だって、神様の姿など一度も見たことがないし、本当にいるのかなんてわからない。でも、アマルタント教を信じる信者達はこの村に非常に多い。その教えに疑いを持っているだなんて知れたら、たちまち背教者として村を追われることになるぞ。最悪、殺されるかもしれない、お前はそれでもいいのか。お前のみならず、お前のお母さんまで巻き添えを食うことになるんだぞ」
そう言われてしまえば、ビアンカは何も言うことができなかった。病弱な父は、ビアンカが幼い頃に亡くなってしまっている。殆ど女手一つで、じゃじゃ馬娘のビアンカを育て上げてくれたお母さん。迷惑など、かけたいはずがなかった。
「……けど、私……私は、カノンに死んで欲しくない。カノンは、死ぬのが怖くないの?」
帰ってこない。それは、死んでしまうのも同じこと。ビアンカはぽろぽろと涙を零しながら、昔から家族のように育った少年に寄り添った。そんなビアンカの頭を撫でて、怖いさ、とカノンは微笑む。
「怖いけれど。俺が死んで、ビアンカが平和に生き延びることができるならそれでいい」
「なんで……」
「なんで?今更そんなことを聞かれるなんて、思わなかった」
村の少女達みんなに熱い視線を向けられ、しかし一度も浮いた噂が立たなかった少年は。そっとビアンカの頬を両手で包んで、まっすぐな眼を向けてきたのである。
「ビアンカが、好きだから。……どうか、いつか素敵な伴侶を見つけて……幸せに長生きしておくれ」
その言葉に――ビアンカは何も、返すことができなかった。一番の親友。そうとしか思われていないと考えていた彼に、まさか恋愛感情を向けられていようとは思ってもみなかったのだ。
どうして、今それを言うのだろう。
あと僅かしか一緒にいられないと決まってしまった今になって。
――なんで、笑うの。怖いんでしょ。本当は……そんなこと、言いたくないんでしょ。なんで?
決まっている。全部、自分のためだ。
ビアンカはただ、声を殺して泣くしかなかった。――カノンを想い続けてきたのは、自分も同じであったのだから。
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