今こそ、立ち向かう勇気を。

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 *** 「気づいてたわよ、そんなこと」  家に帰って、カノンとした話をすれば。母はキッチンで夕食の準備をしながら、こちらを振り向くこともなく言った。 「あんた、滅茶苦茶わかりやすいもの。思ったこと、全部顔に出るタイプ。あたしとおんなじ」 「そりゃ、私はお母さんにそっくりだもん。見た目も中身も。はあ、イケメンだったお父さんに、外見だけでも似たかったなあ」 「うわ、失礼なこと言うわねこの子ったら」  今日の晩御飯は、きっとシチューなのだろう。とても美味しそうな匂いが漂ってきている。ビアンカを慰めるために、好物を選んで作ってくれたのだとわかっていた。カノンが生贄になることが発表されたのは、まさに今日のこと。落ち込んでいるのは何も、ビアンカだけではないというのに。 「……ねえ、お母さん」  食器棚の中には、小さな写真立てが飾られている。まだ幼児のビアンカが泥だらけで笑っていて、すぐ傍には同じく泥まみれの男性と女性が佇んでいる写真だ。幼い頃からお転婆で、男の子顔負けに遊びまわってばかりいたビアンカはさぞかし手間がかかったことだろう。写っているのは、まだ元気だった頃の父と母の写真だ。この写真を撮影してから一年も経たずして、父は持病が悪化して亡くなってしまったと聞いている。  代々続く、戦闘民族として名高い“ミア族”は。他の民族と違い、女性が家長を務めることでも知られている。ミア族の女性は体が丈夫で力も強く、身体能力に非常に優れている。ゆえに、その強い血を残すため、同じミア族かあるいは他の民族の中でもより強靭な男性を伴侶に選んで子孫を繋いでいくとされていた。 「お母さんはさ、お父さんと結婚したから……ミア族の村を追われてしまったんだよね?お父さんが……族長のお眼鏡に叶うような、体の丈夫な男性でなかったから」  母は、父を選んで半ば駆け落ちする形で――ミア族の故郷を出て、今の村に移り住んだ人物だった。長年狭い故郷の暮らししか知らなかった筈の母に、それはどれほど大きな決断であったことだろう。 「すごく大変だったんでしょ、駆け落ちしてこの村まで逃げてくるのは」 「……まあね」 「それでも、お父さんを選んだのは……どうして?お父さんのことが、それくらい大切だったから?……世界を敵に回しても、味方でいたいと思うくらいに?」 「…………」  カチャリ、とシチューをよそおうしてた食器が音を立てた。母が振り返る。ビアンカが言わんとしていることを察したのだろう。
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