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「お母さん、私に言ったよね。“ミア族の女には、絶対に負けられない戦いがある。どれほど大きな壁であっても、強大な力であっても……それに挑み、運命を打ち破らなければならない時が必ず訪れる”って。お母さんは村を追われたけど、ミア族の家族の家長であることは捨ててない。家族を守り、養える強い女になれ。私にいつもそう教えてくれたよね。お母さんにとっては……お父さんを選んで村の掟に反することが、その戦いだったの?」
ミアの女は、常に自分が強者であることを自覚しなければいけない。そして強者として、弱い家族を守り導くリーダーでなければならない。
母は父を選んで駆け落ちはしたものの、自分を追放したミアの族長をけして恨んではいないようだった。それが、ミアの一族のためには必要なことだとわかっていたからだろう。
彼女はきっと知っていたのだ。守りたいものがあるなら、耐え難い理不尽があるなら――強者でなければ、立ち向かうこともできないのだと。
「……お父さんは」
母は、少し躊躇った後。
「とても体の弱い人だった。大人になるまで生きていられるかわからないと、子供の頃はずっとそう言われて育ってきたんですって。どうにか成人したけれど、それでもあと何年生きられるかわからない、いつ体の中の爆弾が爆発するかもわからないって。お医者さんもどうにもならないんだって、聞いていたわ」
「だから、族長さんに反対されたの?」
「そうね。ミア族の婿となる男は、よその民族であっても強さが必要なの。少なくとも、我が子が成人するまで生き延びることのできない男なんて論外だったのよね。……それでも、あたしは貴方のお父さんを選んで、貴方を産んだわ。村を追われても全然後悔しなかった。どうしてだと思う?」
彼女はしゃがむと、ビアンカに視線を合わせた。真剣な話をする時、彼女は絶対にビアンカの眼をまっすぐ見つめてものを言う。眼と眼で通じ合うものがあるはずだと、心と心で向き合いたいのだと示すように。
「お父さんの強さを、あたしが信じていたからよ。あの人は腕力も、体力も、丈夫な体もなかった。それでも誰より優しくて……誰かの幸せのために、一生懸命考え続けることのできる人だったのよ。あの人のそんな強さが、あたしにもミア族にも必要だと思った。族長には理解してもらえなかったけれど……それをちゃんと引き継いでくれたあんたに出会えたんだから、あたしの選択は大正解だったんでしょうね」
自分とそっくりな母の眼には、慈しみの強い光が宿っている。ビアンカに対してだけではない――亡き父のことを、彼女は今でも誰より愛しているのだとわかる眼だった。それほどまでに、一人の男性を愛したのだ。その人が、未来を共に紡ぐ唯一無二の存在だと信じたのである。たとえその結果、村を追われてしまうことになるのだとしても、だ。
「……ビアンカ。あたしはビアンカに、少しでも長く幸せに生きて欲しい。この第二の故郷で、ずっと平穏無事に生きて欲しいとは思うよ、でもね」
「うん」
「でも……それは、自分を曲げて欲しいってことじゃない。自分を偽って欲しいってことでもない。あたしが、誰が反対してもたったひとりの愛する人を譲れなかったように……あんたにもそんな人がいるなら。絶対に、その手を離すべきじゃないと思うわ。例え、世界の全てを敵に回したとしてもね」
母は、やはりとっくに気づいていたのだろう。ビアンカが何を決意したのかを。何を考えて、こんな話を始めたのかを。
「あんたが信じるなら。あんたが絶対に負けられない戦いは……あんたが打ち破るべき運命って壁は、そこにあるはずよ。あたしのことなんか気にしなくていい。あんたが、一番信じる道を選びなさい。もうすぐあんたも、十三歳になるんだから」
ああ、やっぱり――自分達は似たもの親子なのだ。考えていたことも、これから考えることもみんな同じだった。ビアンカは母の手をしっかりと握って、何度も頷いた。
「ありがとう、お母さん。一つ……訂正するわ」
自分は、世界一幸せな娘だ。
「私……お母さんの娘で、お母さんそっくりで……本当に、良かった」
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