今こそ、立ち向かう勇気を。

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今こそ、立ち向かう勇気を。

「お母さんったら、酷いのよ」  ぱちゃん、と湖の水面が揺れる。湖面に映るのは、ぼさぼさの黒髪にそばかすだらけの、お世辞にも可愛いとは言えない少女の顔。 「お前が美人じゃなくて良かった、なんて。……親の気持ちとしては……実際そうなのかもしれないのはわかるけど。あんまりじゃない。私だって、本当は可愛い顔に生まれたかったわ」 「ビアンカは可愛いさ」  むくれるビアンカの背を優しくなでるのは、小さい頃からの幼馴染であるカノンだ。 「ただ、その可愛さを理解できない大人が多いだけだ。気にすることはない。俺は十分、ビアンカは可愛いし、素敵な女性だと思っているけど」  昔からこれである。長い銀髪に碧眼、真っ白な肌――誰もが振り返るような美しい少年は、幼い頃から息をするように私を褒める。それを聞くたびビアンカは照れて、お世辞はいいのに、とそっぽを向くしかないのだ。自分の容姿に能力のない、身体能力と丈夫さだけが取り柄のミア族の娘は褒められ慣れしていないのである。これで学校の成績が良かったら、もう少し自分に自信を持つこともできたのかもしれないけれど。成績だって、自分は当然のようにカノンに負けている。  少し病弱であまり運動が得意でないことを除けば、カノンはいつもビアンカが持っていないあらゆるものを持っている少年だった。聡明な頭脳に、美しい容姿、そして人望。だからこそ――このような結果になってしまったことが、あまりにも惜しくてならないのである。 「……残念だな。こうして、ビアンカと月を見ることができるのも、あと僅かだなんて」 「……言わないでよ、そんなこと」  そのカノンは。もうすぐ、神様に生贄として捧げられてしまう。まだたった、十二歳でしかないというのに。  この村には掟があった。数年に一度、神様が選んだ人間を生贄に捧げなければいけないのである。選ばれるのは、十代の見目麗しい少年少女だった。神様のご尊顔が叶うのは、神様の言葉を聞くことができるアマルタント教の教主様一人だけ。その教主様が、神様が選んだ人間を数年に一度発表するのである。  もう、何百年も昔から続いてきた風習だった。生贄を捧げて神様の力を強化することにより、この村は長年平穏を保ち続けてきたのだというのだ。しかし。
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