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こちらは新年を迎えたばかりの高杉家。
本日、たくさんの親族の方々がこの家に集まっておりました。
晋作の父親であり当主でもある小忠太は、久しぶりに見る顔ぶれに気難しい顔つきが幾分柔らぎ、祝いの挨拶代わりに交わされる杯により普段は真一文字に結ばれている事の多い口元が緩くなっているようだ。
母や妹達といえば客人を大勢迎え、人手も足りないということで食事やら酒やらの宴の準備に屋内のあちらこちらを行ったり来たり。
つくづく自分は男子であって良かったと晋作は胸を撫で下ろすばかりである。
ところで、元々騒がしい場が好みではない性格の晋作はこの日ばかりは家から逃げ出したい気持ちでいっぱいであり、彼にとって親戚などは住む場所も違えば、会う機会など普段は無いに等しい。
一年会わねば忘れてしまうほど印象の薄い者たちなのだ。
であるのにも関わらず、そんな彼らと嫌々ながらも顔を合わせねばならぬ「時」とは。
毎年恒例となっている、新年の挨拶とは名ばかりの酒宴だ。
他の用事であればさっさと姿を眩ましているのだが、この時ばかりは小忠太の立場も考えねばならぬ故、晋作にとって似つかわしくない笑みを顔面に貼り付けねばならなかった。
煩わしい事が好きではない晋作の性格を見抜いている小忠太は以前より、いずれ高杉家を継承する晋作にとっても今のうちから彼らと親しくしておく必要があると釘を刺していたのだ。
これには流石の晋作も首を横には振れなかった。
ところが晋作をそんな目に合わせておきながら親戚たちは代わる代わる神経を逆撫でするような言葉を掛けてくる。
「藩校の生活はどうだ」から話が始まり、「久坂の坊主は嫁を貰ったそうだな」「次は晋作の番だな」など等。
とどめの台詞は「父上のような立派な男になれ」だ。
これには晋作も堪り兼ね、厠に行くのを口実にそそくさとその場から逃げ出した。
「あぁ。しんどいのぅ」
用足しを済ませた晋作は宴が行われている母屋へは戻らずしんと静まり返る離れへと足を向ける。
酒も入り上機嫌な彼らは晋作の事など忘れてしまっているだろう。
もし気づかれたとしても、上手く言葉であしらえる術はあるので晋作はこの離れでしばしの静かな時を楽しむことにした。
「酒を持って来れば良かったのぅ」
季節はまだ冬だというのに、日の暖かさで肌に伝わる感覚は春を思わせる。
庭の地面に太陽の光が降りそそぎ縁側にもそれが落とされており、こんな場所で呑む酒は大層旨いだろうにとひどく残念そうに息を吐く。
晋作は多少の不服はあったものの、暖かな日が当たる内に一眠りでもしようかと温もる縁側に仰向けに寝転がった。
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